匠雅音の家族についてのブックレビュー     オルガスムのウソ|ロルフ・デーゲン

オルガスムスのウソ お奨度:

著者:ロルフ・デーゲン   文春文庫、2006年    ¥686−

 著者の略歴−19533年生まれ。科学ジャーナリスト。「ツァイト」紙や「フランクフルター・アルゲマイネ」紙、科学雑誌「ビルト・デア・ヴィッツセンシャフト」などに寄稿。その活動に対し、ドイツ心理学会から科学出版賞を受賞。「フロイト先生のウソ」でセンセーションを巻き起こした。

 いかに女性をいかせるか、より快感を高めるにはどうしたらいいか。
性交の手ほどきを教える本はたくさんある。
本書はそうしたハウツー本とは、まったく異なる。
性交時の快感=オルガスムスとは何か、それをまじめに懸命に解明している。
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 性交はそれ自体、まじめな検討の対象になりにくい。
食欲と同様に性欲は、人間に根元的なものだが、性交の仕方は自然のうちに身に付くと思われている。
だから、人の口にあがりにくい。
しかし、食べ方ですら訓練しないと身に付かないように、性交の仕方も自然に身に付くわけではない。
本書は、すでに性交はできると前提して、その快感について考察をしている。

 なぜ性的快感=オルガスムスがあるのか。
多くの動物では、オスだけにあり、どうもメスにはないようだ。
オス牛が必死になって行為に及んでいるときにも、メス牛はのんびりと草を食べているいう。
動物のオスは、快感があるらしい。
しかし、他の動物では、人間のように女性がよがることはない。
なぜ人間の女性だけに、オルガスムスが与えられたのか。
本書はこれに相当な紙面を割いているが、未だに未解明である。

 男性の快感と女性の快感では、どちらが大きいかは古来から密かに議論されてきた。
その結論はでていないが、性交によって男性は必ず快感を得るが、女性は必ずしも快感を得ると限らない。
これは事実のようだ。
そして、快感を得るには、男性よりも女性のほうが時間がかかる。
これも事実のようだ。つまり男女が一緒にイクのは、楽しいことではあるが、おとぎ話にすぎないようだ。

 男性のほうが、女性よりも早く絶頂に達するよう、神が仕組んだのだ、という説もある。
もし、女性のほうが早く絶頂に達していたら、女性は満足して、そこで性交をやめてしまうかもしれない。
すると、精液が女性の体内に注がれないので、種族保存ができなくなる。
そのために、神様は男女に差を付けたのだ、というのである。

 性交は生殖と一緒に語られるから、性交は生殖のためにすると、考えがちである。
しかし、生殖のためにする性交は、実はほんの少しである。
ほとんどの性交は、生殖を目的としてなされるのではない。
だから、上記の説は必ずしも、精確とは言えないかもしれないが、性交がなければ種が保存できないから、あながち間違いとも言えないだろう。

 誰でもが性交をしていると思いがちだが、性交の恩恵にあずかれるのは、きわめて不平等なのだという。
 
 セックスという恵みの分配が、極端に不公平なのである。「アメリカン・デモグラフィックス」誌がアメリカの統計を分析して述べているように、セックスの頻度の個人差は貧富の差よりもさらに大きい。同誌の分析によれば、(異性間の)全セックス件数の半分が成人の15パーセントに当たる人々によっておこなわれているのだという。さらに驚いたことに、全セックス件数の85パーセントが、成人の42パーセントに当たる人々によっておこなわれている。P244

 性交は性欲を満たす手段である。
にもかかわらず、人口の半分は、性交の恩恵にあずかっていない、というのである。
優秀な人間の遺伝子を残すべく、神様が仕組んだのだといえばそれまでだが、やはり生き物の世界は、生存競争が支配しており、平等という概念とは縁がないのであろうか。
むしろ、だから人間こそ、平等にありたいとは思うのだが。

 しかし、性に対する感情は、根元的であることも事実である。
だから、人間が生きていく以上、性欲からは逃れられない。
そして、性欲は恐怖よりも強いのだ、と本書はいう。
 
 9・11のテロのあと、コンドームの売り上げは飛躍的に伸び、パートナー斡旋業が突然繁盛し、ニューヨークのシングルバーはパートナーを求める人で大いににぎわった。大いなる不安の時代は、恋愛したい、セックスしたい、結婚したいという強い感情を生み出す、とワシントン大学の社会学者ペッバー・シュワーツは言う。「性行為とは、『自分は生きている』という、そして『自分は誰かとつながっている』という原初的・根元的な感覚を伴う行為である。どんなふうに死を迎えたいかと尋ねると、多くの人が『セックスあるいはオルガスムスの最中に』と答える。トラウマによって、『自分は本当に生きている』と実感したいという感情が呼び起こされる。セックスの中には多幸感があり、勝利感がある」P289

 これは真実だろう。孤独になると男女ともに、誰かと繋がっていたいという感情がある。
繋がり感がもっとも強いのが、セックスであるというのは素直な実感であろう。
しかし、男性にとっては、セックスの終了は死に近づいた、と感じるのも事実だろう。

 女性は性交の終了によって充実感だけを感じ、男性が満足とともに死を感じる。
それは、女性にとって性交は新たな命の誕生であり、創造につながる行為だからであり、男性にとっては放出にしかすぎないからだろう。
性交は種の維持と直結してはいないけれど、種の維持からまったく離れることもできないのだろう。

 「クリトリスよりヴァギナで感じるのが成熟した女」「女性も射精する」「女性がイクと精子を吸い込んで妊娠する」というのは、まったく事実無根であり、完全な間違いだと、本書は断言している。
これは肯首できることだ。
「最高の歓喜について」という原題のほうが、内容をよく現している。  
(2006.12.20)

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参考:
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006年
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
ヘレン・E・フィッシャー「愛はなぜ終わるのか:結婚、不倫、離婚の自然史」草思社、1993
S・ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
野中邦子、江崎リエ、藤田真利子、実川元子、山本淑子、高岡尚子「男たらし論」平凡社、1997
斉藤綾子「愛より速く」思想の科学社、1990
北原みのり「男はときどきいればいい」祥伝社、1999
山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
天城英生「禁じられた性技」 河出書房、2001
ウィルヘルム・ライヒ「オルガズムの機能 上・下」太平出版社、1970
シモーヌ・ドゥ・ボーヴォワール「第二の性 T・U」人文書院、1966
澁澤龍彦「快楽主義の哲学」 文春文庫、1996
ミシェル・フーコー「性の歴史 T〜V」新潮社、1986
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
デュビー、ボッテロ、コルバン「愛と結婚とセクシャリティの歴史」新曜社、1993
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
福田和彦「閨の睦言 よがり声の研究」現代書林、1983
田中優子「張形 江戸をんなの性」河出書房新社、1999
プッシイー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002


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