匠雅音の家族についてのブックレビュー    7分間|アーヴィング・ウォーレス

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著者: アーヴィング・ウォーレス   早川書房 1982年 各¥500−

 著者の略歴−1916年3月19日〜1990年6月29日 アメリカ合衆国の作家、シナリオ作家。シカゴのユダヤ系の家庭に生まれる。

 本サイトは原則として小説は取り上げない。
しかも、本書はアメリカでは1969年に出版されたという古い本である。
こんな古い海外の推理小説を取り上げることは、まったくの初めてである。

 禁の原則を犯してまで、古い本書を取り上げるのは、きわめて優れた法廷物語となっているからだ。
本サイトは、三浦和義「弁護士いらず」やヨシダトシミ「裁判裏日記」などといった裁判物も取り上げている。
しかし、本書はそういった本とは比較にならない内容をもっている。

 本書は「7分間」という小説が、猥褻か否かをめぐって、書店の小売店主が訴えられた事件をめぐるものだ。
本書はもちろん猥褻裁判に反対の立場から書かれている。
アメリカの地方検事は選挙によって選ばれるので、地域の人からの訴えがあると取り上げざるを得ないようだ。
少なくとも、本書では地方検事が猥褻物販売で、書店主を起訴して、それに版元が弁護士を雇って対向する話である。

 弁護士は次のように考える。

 いぜん<平均的市民>になり、<現在の社会規範に照らし>て、(弁護士の)バレットは、性行為そのものは法的に猥褻ではないのだから、話の筋そのものは猥褻とは見なされないと確信した。P176

 「7分間」はフランスでは出版されたが、アメリカでは未出版であった。
その本をアメリカで出版したところ、全米単位ではなく、カルフォルニア州の一地方で起訴された。
コムストック法やら最高裁の右旋回もあって、この時代には地方単位で猥褻判断がなされていた。
猥褻という理由で出版の自由が侵されると、もはや言論の自由はない。
それは当然の主張だろう。

 猥褻を理由にしても、出版の自由は犯すことはできない。
その結論へと、じつにスリリングなストーリー展開である。
秩序を維持しているからこそ、現在のお金持ちがあり得る。
公序良俗を守れと訴える人は、お金持ちで上品ぶった人たちである。
自由を要求する人は、いつも下品で貧乏な人たちである。これは歴史が証明している。
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 上品な人たちは、お金持ちであるがゆえに、情報を独占し裏では怪しげなことができる。
本書はそうした社会事情をうまく描き込みながら、厳しい裁判闘争の過程を細かく描写していく。
証拠が消えてしまったり、証人が寝返ったり、弁護人のほうは悪戦苦闘の連続である。

 終盤になって、死んだことになっていた「7分間」の筆者が生きていることが判る。
そこへ至る過程も、非常に説得的である。
小説であるがゆえに、ご都合主義的なところもあるが、それでもアメリカの裁判、正義感のあり方など、考えさせるものが多々ある。

 アメリカの映画を見る上でも、本書を読むことは大いに役にたつ。ぜひ一読を勧める。古い本だが図書館にはある。     (2014.3.18)
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参考:
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ジョン・ハワード「18世紀ヨーロッパ監獄事情」岩波文庫、1994
山本譲司「累犯障害者」新潮社、2006
足立正生「塀の中の千夜一夜」愛育社、2005
三浦和義「弁護士いらず」太田出版、2003
浅野健一「犯罪報道の犯罪」新風舎文庫、2005
山崎哲「<物語>日本近代殺人史」春秋社、2000
菊田幸一「日本の刑務所」岩波新書、2002
有村朋美「プリズン・ガール」新潮文庫、2005
佐藤清彦「にっぽん心中考」文春文庫、2001
管賀江留郎「戦前の少年犯罪」築地書館 2007
浜田 寿美男「自白の研究」三一書房、1992
小田晋「少年と犯罪」青土社、2002
鮎川潤「少年犯罪」平凡社新書、2001
流山咲子「女子刑務所にようこそ」洋泉社、2004
藤木美奈子「女子刑務所」講談社文庫、2001
ヨシダトシミ「裁判裏日記」成美堂出版 2008
小室直樹「痛快!憲法学」集英社、2001
芦部信喜「憲法判例を読む」岩波書店、1987
D・T・ジョンソン「アメリカ人のみた日本の検察制度」シュプリンガー・フェアラーク東京、2004
河合幹雄「安全神話崩壊のパラドックス」岩波書店、2004
河合幹雄「日本の殺人」ちくま新書、2009
芦部信喜「憲法判例を読む」岩波書店、1987
アーヴィング・ウォーレス「7分間」早川書房、1982

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