匠雅音の家族についてのブックレビュー    アーロン収容所−西欧ヒューマニズムの限界|会田雄次

アーロン収容所
 西欧ヒューマニズムの限界
お奨め度:

著者:会田雄次(あいだ ゆうじ)−中公新書、1962年 ¥571−

著者の略歴−1916年に生まる。1938年京都大学史学科卒.現在,京都大学名誉教授 専攻,ルネサソス史.著書『ルネサンスの美術と社会』(創元社)『世界の歴史』7(中央公論社版,共著)『敗者の条件』(中公新書62)『アーロン収容所再訪』(中公文庫)『日本人の意識構造』(講談社現代新書)『逆説の論理』(PHP研究所)『危故の行動力』(力富書房)他,
 本書は書き手の力量によって、優れた書物になったのではない。
京都大学に西洋史を学んだ若者が戦場に行く。
戦前の京都大学生は大変なエリートであったはずで、大学で西洋史を学んでいるのである。
その彼が西洋近代の何たるものかを、まったく判らなかった悲劇として本書を読むのである。

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 しかし、筆者を低めたり非難していると、誤解しないでもらいたい。
筆者は真摯で向学心に富み、正直に本書を書いている。
当時の学生としては、優秀だっただろう。
私は本書から多大な影響を受けたし、今でも本書に巡り会った幸運をとても感謝している。

 私たちは人間が誰でも平等だと思いやすい。
とりわけ戦後の民主主義教育を受けた者は、そう思いたがる。
私もそう思いたい。
しかし、生身の現実つまり事実が、そのままに人々の考えに反映されているわけではない。
事実は人間の思考作用を経て、事実とは少し離れた観念として、
人間の頭の中に収納されている。
だから人間という肉体が存在しても、人間を人間としてみる目は観念が支えているのである。

 近代以前には、庶民は人間として扱われていなかった。
こう書くと誤解されやすい。
支配者と庶民は、違う種類の人間だと見なされていた、というべきである。
そこでは支配者だけが人間であり、庶民は支配者とは別種の生き物として、支配者たちに認識されていた。
それが近代になると、庶民たちが自分たちも人間だと主張して、立ち上がったのである。
ただし、ここで言う庶民とは男性だけだった。

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 近代を体現した西欧諸国では、西欧以外の国の人間を、西欧人とは異質の生き物だと考えていた。
それはもちろん近代文明の強大さに裏付けられていたわけである。
第2時大戦まで西欧人以外には、近代文明を実現した人間はいなかった。
わが国が辛うじて西欧近代文明の移入をしていたが、それとても彼我の差はいかんともしがたかった。
文明が人々の意識を作るのである。

 その日、私は部畳に入り掃除をしようとしておどろいた。一人の女が全裸で鏡の前に立って髪をすいていたからである。ドアの音にうしろをふりむいたが、日本兵であることを知るとそのまま何事もなかったようにまた髪をくしけずりはじめた。部星には二、三の女がいて、寝台に横になりながら『ライフ』か何かを読んでいる。なんの変化もおこらない。私はそのまま部産を掃除し、床をふいた。裸の女は髪をすき終ると下着をつけ、そのまま寝台に横になってタバコを吸いはじめた。P39

 自分も西欧人と同じ人間だと考えていた筆者は、全裸の女性がまったく羞恥を見せないことに驚いているが、ここには人間が違うという観念の現実があるのだ。
もちろん今日なら、誰もこんなことを認めはしない。
しかし、戦後たった50年しかたっていない。
第2次世界大戦を戦った人たちは、まだ生きている。
すべての人間が平等だと、は誰もが思っているわけではない。
アフリカに住む黒人を、自分とは違うとみなす西洋人は多い。

 「西欧ヒューマニズムの限界」という副題がついているが、西欧ヒューマニズムの限界ではない。
自分をして自分が人間だ、つまりヒューマンだといったのが、戦前には西欧人だけしかいなかった。
私は今でも黄色人種は、西欧人から人種差別されていると思う。
西欧人は表だっては決して表さないが、近代文明を作った人たちと、そうでない人間の違いを感じさせられる。
それは男性たちが、女性を決して自分たちの仲間とは、見なさないことと同様である。

 人間の子供は人間になり得るものだが、まだ人間ではない。
人間は自分の足で立って、はじめて人間と認められるのだ、と本書は教えてくれる。
自分を見直すための本である。
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参考:
石原寛爾「最終戦争論」中公文庫、2001
多川精一「戦争のグラフィズム」平凡社、2000
レマルク「西部戦線異常なし」レマルク、新潮文庫、1955
ジョージ・F・ケナン「アメリカ外交50年」岩波書店、2000
アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩学芸文庫、2001
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
戸部良一ほか「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」ダイヤモンド社、1984
田中宇「国際情勢の見えない動きが見える本」PHP文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
ウイリアム・ブルム「アメリカの国家犯罪白書」作品社、2003
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
多川精一「戦争のグラフィズム 「FRONT」を創った人々」平凡社、2000
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」新潮選書、1999
佐藤文香「軍事組織とジェンダー」慶応義塾大学出版会株式会社、2004
別宮暖朗「軍事学入門」筑摩書房、2007
西川長大「国境の超え方」平凡社、2001
三宅勝久「自衛隊員が死んでいく」花伝社、2008
戸部良一他「失敗の本質」ダイヤモンド社、1984
ピータ・W・シンガー「戦争請負会社」NHK出版、2004
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社 2001
菊澤研宗「組織の不条理」ダイヤモンド社、2000
ガバン・マコーマック「属国」凱風社、2008
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」岩波書店、2002
サビーネ・フリューシュトゥック「不安な兵士たち」原書房、2008
デニス・チョン「ベトナムの少女」文春文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
読売新聞20世紀取材班「20世紀 革命」中公文庫、2001
ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」平凡社、1987
杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、1998
杉山隆男「自衛隊が危ない」小学館101新書、2009
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫、1969

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