著者の略歴−1961年東京生まれ。東北大学経済学部卒。繊維メーカー勤務を経て共同通信社に入社。京都と大阪でバブル崩壊時の金融事件などを取材した後、93年から東京でゼネコン汚職、自動車産業、アジア経済などを取材。97年マイクロソフト入社、日本初の本格コラムサイト「MSNジャーナル」を立ち上げてネットジャーナリズムの新形態を確立するとともに、自ら国際ニュース記事を執筆。99年にマイクロソフトを退社、独立したジャーナリストとして16万人に電子メールで国際ニュース解説を配信し続けている。著書「マンガンぱらだいす」風媒社、「神々の崩壊」風雲舎ほか。 ウェブサイトはhttp://www.tanakanews.com/ 本書を読むと、わが国にもどうやら、本物のジャーナリストが登場しつつあるのがわかる。 事件の裏を読む力がついてきている。 大手の新聞やテレビの海外特派員たちは、まるで殿様取材である。 あれでは国際情勢の真相など分かるはずがない。
わが国の新聞記者たち記者クラブに守られて、権威ぶって偉くなっている。 しかも、企業に属しているので、自分の眼をもたず、中立的な装いで記事を書いてきた。 自分の眼を持たないでものを書くということが、どんなことになるのか。 現在の大手の新聞紙面を見るとよく判る。 彼らはことのおきた原因を追及せず、表面的な事実だけを並べる。 だから、どの新聞も同じ紙面だし、本質的な考察はない。 次の事件が起きると、かつての事件はすっかり忘れてしまう。 一つの事件と次の事件は、連続性があるというのに、それにまったく気がつかない。 当然のこととして、わが国のマスコミは、新たな事件に驚くだけである。 共同通信にいた若い男性が、窓際へと島送りになった。 そのとき彼は、窓際にあった外国の新聞や雑誌を読み続けた。 やがてそうするうちに、自分独自の視点を獲得した。 その後、インターネットの登場も相まって、マイクロソフトへと転職した。 そして、いまでは自分のニュース媒体を持つまでになった。 筆者のメールマガジンは、16万部の発行部数だそうで、ちょっとした新聞なみである。 その筆者が、海外ニュースをどう読んだかを、インターネットで配信している。 その中から何本かを、一冊に選んだものである。
同時にそれは権力者には、もっと簡単に情報が入手できることを意味する。 メジャーの新聞には、なかなか掲載されることのない情報だが、<エシュロン>の記事から本書は始まる。 世界を飛び交う電波を、アメリカがイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどの協力で、盗聴しているというのだ。 <エシュロン>の記事は、7月4日の日経に初めて掲載されたが、 本書にはなかなか興味深い記事が書かれている。 サッチャー首相は、自分の閣僚の電話をカナダに盗聴させたという。 国内の盗聴は非合法だが、カナダからなら合法というわけである。 それにしても、白人諸国の連帯はきわめて強く、黄色人がちょっと頑張ったくらいでは、彼らのクラブはびくともしない。 どんな事件が取り上げられているかは、目次を掲載したほうがいいだろう。 世界中の通信を盗聴する巨大システム………12 「サイバー国家」の暗部…………22 石油価格をめぐる仁義なき戦い…………29 集団自殺か殺害か−ウガンダ終末教団事件………40 コンコルド墜落で失われたもの…………49 密入国移民を送り出す闇のシルクロード…………60 遺伝子組み換え食品をめぐる世界大戦…………70 ディズ二―ランドは香港を救うか…………87 金正日のしたたかな外交…………95 復活する国際左翼運動…………104 オーストリア−ネオ・ナチ騒ぎの裏にあるもの……117 アフリカを苦しめるエイズ…………128 自由経済の最先端を行く無法諸国…………135 終わり方が分からない北アイルランド紛争………143 中国国有企業の挑戦…………151 再統一から十年のドイツに学ぶ…………158 世界を支配するNGOネットワーク…………168 大英博物館が空っぽになる日…………174 バイキングのアメリカ探検…………182 マカオの五百年をふりかえる…………191 パナマ運河−興亡の物語…………199 生まれながらの不幸を抱えた国パキスタン………209 海洋イスラム国アチェの戦い…………219 アラブ世界の女性解放は一進一退…………228 ダイヤモンドが煽るアフリカの殺毅…………235 アメリカ−たばこ訴訟の裏側…………243 イスラム共和国の表と裏…………249 変わりゆく大英帝国…………268 沖縄から世界を考える…………281 この記事のすべてに私は同意するわけではない。 多くは賛同できるが、違和感をもった記事もある。 しかし、筆者が自分の身体で感じ、自分の頭で考えたことであることは、実に良く伝わってくる。 田中宇という筆者の息吹が伝ってこそ、信用できる記事である。 それはものの見方の一貫性である。 だから次の記事も、きちんと新たな展開を読めるのである。 大手新聞の記者たちは、いわば消耗品であり、場当たり的である。 彼らの書く記事は、色がないゆえに信用できない。 記事の裏に個人がいるとわかってはじめて、間違ったら直せるのだと思う。 間違うかもしれないから信用できる。 間違いがないという前提には、信用をおけるわけがない。 筆者は執筆にまえの調査に、多くの時間をかけている。 この姿勢は当然で、深い追求には事前調査が不可欠である。 ところで、NGOの勢いは、わが国でもとどまるところを知らない。 NGOといえば、何でも正しいかのように感じさせる。 しかし、筆者は次のように言う。 1999年秋にアメリカのシアトルで開かれたWTO閣僚会議は、NGO集団の反対運動が一因で、成果をあげられず失敗した。 この反対運動は、究極の目標が統一されていたわけではない。「WTOが推進する自由貿易体制は、発展途上国からの輸入増につながり、アメリカ人の雇用に悪影響を与える」と考える労働組合から、「自由貿易は大企業の儲けにしかならない」という「反資本主義」の人々、「環境保護に配慮した国しか、自由貿易体制に入れてはいけない」と主張する環境団体まで、主張はばらばらだった。 彼らをつないだのは、インターネットなどによる情報交換で、(中略)究極の目標が全く異なるNGOどうしを「シアトル会議に反対する」という一点でつないでいった。 彼らの目的は何であったか。1994年の世銀総会への乱入事件からの流れを踏まえると、「世銀同様、WTOでもNGOが意思決定に参加できるようにする」という目標が見えてくる。だが、WTOを攻撃して、組織内部に入ろうとした彼らの反対運動は、WTOの体制そのものを壊す、という結果になってしまった。P171 わが国にはたくさんのマスコミがあるようだが、じつは1種類しかなかった。 筆者のスタンスが本当のジャーナリストだと思う。 新しい角度から記事が提供されるのは、とても面白いことである。 今後を期待したい。 (2003.10.24)
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