著者の略歴−1954年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。新聞社勤務を経てフリーランスに。著書に「新・バンコク探検」「タイ語でタイ化」「歩くアジア」「12万円で世界を歩く」「アジアの友人」など多数。 上梓後15年もたつ本書を取り上げるのは、いささか趣旨が違うようにも思う。 しかし、本書が近代化の足跡を記していると感じたので、あえて取り上げることにした。
1994年といえば、アジアの勃興がいわれ始めたときで、途上国といわれたアジア諸国の発展がはじまった時期である。 筆者は1976年にはじめてタイを訪れていらい、一時は一家で住んでいたこともある。 その後も、年に数回のペースでバンコクを訪れている。 タイ語もモノにした筆者は、タイ人の気持ちの細部まで知っているようだ。 タイに憑かれ、タイに呆れ、それでもタイから離れられない気持ちはよく判る。 ボクも、1990年頃から95年にかけて、アジアを歩いたが、タイの好印象は鮮烈に残っている。 とにかくタイ人は優しいのだ。 バンコク沈没という言葉があった。 バンコクの心地よさに、その気ではなかったのに、バンコクに居着いてしまうことを称したものだ。 日本でもてない男たちが、タイの女性の優しさにほだされて、バンコクに住み着くことが多かった。 しかし、通貨危機以来、タイ女性も変わってしまった、と筆者は嘆いている。 それでも日本に比べれば、タイは時間の流れがゆっくりしており、豊で優しい国である。 1992年に、バンコクのタクシーにメーターが付いたという。 (タクシーのメーターを)わけも分からないままスイッチを押してしまい、料金をゼロにしてしまうおっちょこちょいまで現われるようになってきた。 こんな経緯を日のあたりにすると、やはりタクシーのメーター制というのは、ある程度の経済レベルに達しないと成功しないものだと痛感してしまう。タイはようやくGNPが千ドルを超えた。これはいいタイミングだったのかもしれない。P109
そして、近代化が進んでいない国は、メーターという物を導入しても、それを使えないことも知っている。 近代的な機械は、人々の意識まで近代化しないと、物だけを導入しても使いこなせないのだ。 途上国の人たちだって、誰でも賄賂は悪いことだと知っている。 しかし、途上国の賄賂は、必要悪でもある。 国家財政が貧弱で、役人の給料が安いので、給料だけでは生活できないのだ。 また途上国だって、売春が違法であるのも、先進国と変わらない。 もちろんタイでは売春は違法である。当然、売春宿は日陰の存在である。しかし堂々と営業できるのは、高額なワイロが警察に渡されているからだ。警察官の給料は安い。このワイロがあって、警察官も生活できるようなものなのだ。P136 残念なことだがタイ人のなかには、政治家と役人は、地位を利用して私腹をこやし、権力を使って他の政治家を蹴落とすことがあたり前といった風潮がある。タイ人というのはある意味では、したたかな現実主義者である。P198 筆者はタイ人の国民性とか、民族性を持ちだして、タイの現状を説明しようとする。 現地で生活していると、たしかに現在のタイ人と日本人を比べたくなるだろう。 しかし、日本人だって、ついしばらく前は賄賂が好きだった。 お中元やお歳暮は、賄賂の名残である。 我が国で管理売春が廃止されたのは、戦後の1958年になってである。 政治家の私腹だって、田中角栄を見るまでもなく、相変わらず続いている。 タイ人の国民性もあるが、農業を主な産業とする社会では、その社会特有の価値観があるのだ。 それが近代化して工業社会になると、工業社会の価値観に変わるに過ぎない。 タイ人は時間を守らないとか、将来設計ができない、と筆者はいう。 それだって、途上国はどこだって同じである。 筆者のタイ人への目は、同じ仲間といった感じで、とても好感を持つ。 しかし、近代化にしたがって、どこの民族も変化していくのだ。 本書は近代化の途上、いや近代化のまっただ中にある社会をえがいて、じつに説得的である。 (2009.2.12)
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