匠雅音の家族についてのブックレビュー    福祉国家の可能性−改革の戦略の理論的基礎|ゲスタ・エスピン=アンデルセン

福祉国家の可能性
改革の戦略の理論的基礎
お奨度:

著者:ゲスタ・エスピン=アンデルセン−桜井書店、2001年  ¥2500−

著者の略歴−1947年にデンマークで生まれ,コペンハーゲン大学を卒業後,ウイスコンシン;マディソン大学で社会学の学位を取得,同大学の講師,ハーバード大学助教授,フィレンツェのヨーロッパ大学機構の助教授,教授などを歴任,1993年からイタリアのトレント大学の教授を務めたあと,2000年からスペインのボンベウ・フアブラ大学の政治社会学部で教鞭をとっている。
 前著「ポスト工業社会の社会的基礎」といい本書といい、筆者は新しい時代の分析手法を切り開いている。
なぜ、男性が家事労働に参加するより、女性が社会で働くほうが良いのか、本書は明確に理論的な根拠を示している。
核家族から単家族へ変わること、筆者の言葉を使えば脱家族化こそ、今後を生きるのこる道であると、筆者は力説する。
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福祉国家の可能性

 我が国のフェミニズムは、男性の家事労働が足りないといった。
つまり男性を、核家族へと引き戻そうとした。
しかし、それは自滅の道である。
男性を核家族へと引き戻すのではなく、女性が社会に出て働くことが、今後の社会ではよりよい方向だと、筆者は切々と訴える。
家庭での仕事にいくら励んでも、それは無料労働だから税収につながらない。
税収が減れば、社会は収縮していってしまう。
女性の自立は、経済基盤の獲得である。

 福祉は恵まれない人への生活保護だ、というイメージで語られやすい。
そこからは恵んでやるといった発想がかいま見える。
しかし、福祉とは健全な労働者の維持の別名である。
どんな社会も、その社会を支える労働者なしには成り立たない。
前近代では、働かない王侯・貴族が中心であり、労働者は社会の主人公ではなかった。
近代になって、やっと働く庶民が社会の主人公になった。
議会制民主主義はまやかしかもしれないが、それでも庶民の1票が社会の流れを左右するようになった。

 福祉とは大衆という労働者を維持するために不可欠であり、福祉がないと社会は動かない。
それが今後の情報社会である。

 これまでの福祉国家がその義務を主として働くことのできない人々の所得維持の問題としてとらえていたことから,社会的保護は「不生産的」消費であり,問題を含んだ再分配であると見なされてきた。この「所得維持」という考え方は,全体として見れば,現代の社会問題への取り組みのなかで引き継がれてきた。だが,私はこれまで,家族へのサービス供給こそ,貧困と福祉依存に対する最も効果的な政策であり,また同時に,人的資源に対する投資でもあるという立場を強く主張してきた。つまり,家族サービスを単に「消極的な消費」と見なすのではなく,長期的な収益をもたらす積極的な投資と見なさなくてはならないということである。P40

 いままでの福祉理論は、1人の人間の一生を見ずに、短期的に制止した時間でとらえていた。
筆者は連続したものとして、人間の人生を見ている。
子育て期の女性は、その期間について生産性は下がるかもしれないが、そこで職業を途絶すると、一生の生産性は限りなく低下する。

 働き続ける女性と、専業主婦になる女性をくらべれば、働き続ける女性のほうが、はるかに社会に貢献している。
専業主婦の夫の分を加算しても、働き続ける女性のほうが、税金をたくさん支払う。
だからこそ、女性が働き続けることができるような環境を整えるべきだ、と筆者はいう。
まさに至言である。

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 女性がより多く稼ぎ、より多く支出する社会の仕組みを作るべきだ。
女性の働く場を確保するためにも、核家族を解体し、家庭内のアンペイドワークを社会化すべきである。
今後はそれが最大多数の最大幸福を保証する道である。

 女性の経済的独立を最大化することは,「脱家族化」,つまり,子供,老人,身体障害者のためのケアや,クリーニング,アイロンかけ,あるいは家庭管理といった伝統的な無給の家事労働を外部化することを必然的にともなう。もちろん,市場は家族のセルフ・サービス活動に代わる代替手段を提供する。かつてのミドル・クラスは家に乳母や女中を雇ったものである。いまは原則的には,保育所やナーシング・ホーム,洗濯サービスに金を払い,洗車を頼み,昼食を購入することができる。問題は,そうしたサービスのほとんどが相対的な労働コストの上昇と,クックス・ウエッジの問題により,高価になりすぎて市場から排除されやすいということである。P99

 こうした認識にたてば、核家族を維持することは罪悪である。
温存された核家族が、福祉機能を担ってしまうので、有効需要が拡大しない。
アンペイドワークを賛美することは、縮小再生産である。
家内労働を社会化し、適切な金額で社会的なサービスを入手できるように、社会の仕組みを作らないと明るい未来はない。

 家族主義的な傾向の強いイタリア・スペインやわが国は、先進国のなかでも出生率が低い。
核家族から単家族化した国でこそ、出生率は上昇している。
 筆者は次のようにいって、家族主義を否定する。

 私は,家族主義的な福祉国家が「ポスト工業」経済という状況のもとではとくに問題を学んでいることを明らかにしようと思う。それは家族の福祉に否定的な結果(貧困)をもたらし,労働市場の業績を悪化させ,出生率にも,そして,とりわけ福祉国家の適応力に対して,否定的な結果をもたらす。P102

 農耕社会や初期工業社会では、核家族がリスクの管理と福祉の生産を充分に行いえた。
1人の稼ぎ手を失業から守れば、家の全員が幸福に生活できた。
だから、家族主義的な福祉国家が肯定された。
しかし、情報社会では核家族は福祉を担えない。

 1人の稼ぎ手しかいない核家族は、貧困に対して抵抗力が弱い。
工業社会では、女性の就労が出生率を下げるといわれてきたが、今後の情報社会では違う。
女性が働いてこそ、出生率は向上する。
そのためにも、女性が働ける環境を作ることが、もっとも大切である。

 今や男性より女性のほうが、教育程度は高い。
女性の就学率のほうが、より高等な学校までのびている。
優れた能力を死蔵することは、社会的な損失である。
以上のような理解にたてば、今後の問題は性差に起因するものではなく、知力の差によるものになる。
安価な単純労働にしか就けない人と、知識集約的な労働に従事する高給取りとの、大きな賃金格差が明確化する。
これは性差をこえて、今後の大問題となるであろう。
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参考:
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桜井哲夫「近代の意味:制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
桜井哲夫「近代の意味:制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
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橋本治「革命的半ズボン主義宣言」冬樹社、1984
石井光太「神の棄てた裸体」新潮社 2007
梅棹忠夫「近代世界における日本文明」中央公論新社、2000
小林丈広「近代日本と公衆衛生」雄山閣出版、2001
前田愛「近代読者の成立」岩波現代文庫、2001
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フランク・ウェブスター「「情報社会」を読む」青土社、2001
ジャン・ボードリヤール「消費社会の神話と構造」紀伊国屋書店、1979
エーリッヒ・フロム「自由からの逃走」創元新社、1951
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吉田おさみ「「精神障害者」の解放と連帯」新泉社、1983
古舘真「男女平等への道」明窓出版、2000
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ケンブリュー・マクロード「表現の自由VS知的財産権」青土社、2005
フリードリッヒ・ニーチェ「悦ばしき知識」筑摩学芸文庫、1993
ソースティン・ヴェブレン「有閑階級の理論」筑摩学芸文庫、1998
リチヤード・ホガート「読み書き能力の効用」晶文社、1974
ガルブレイス「ゆたかな社会」岩波書店、1990
ヴェルナー・ゾンバルト「恋愛と贅沢と資本主義」講談社学術文庫、2000
C.ダグラス・ラミス「ラディカル デモクラシー」岩波書店、2007
オリーブ・シュライナー「アフリカ農場物語」岩波文庫、2006
エマニュエル・トッド「新ヨーロッパ大全」藤原書店、1992

ジョン・デューイ「学校と社会」講談社学術文庫、1998
ユルク・イエッゲ「学校は工場ではない」みすず書房、1991
ポール・ウィリス「ハマータウンの野郎ども」ちくま学芸文庫、1996
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980

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