匠雅音の家族についてのブックレビュー    汚職大国・中国−腐敗の構造|暁冲

汚職大国・中国  腐敗の構造 お奨度:

編著者:暁冲(シャオ チョン) 文春文庫、2001年  ¥705− 

著者の略歴−香港のベテラン記者で、著名な政治評論家でもある。現在、香 港の月刊誌「前哨」編集長、夏菲爾国際出版公司社長兼編集長。著書は「当代中国文学新 潮」など。編集責任者としてまとめた本は、政治、経済、文化方面の専門書が100冊近くある。
 共産党だけの支配下にあった時代、中国は農業国家であり、きわめて貧しかった。
貧しいと同時に、農耕社会とは前近代である。
前近代とは、公私が未分化の社会でもある。
それはメキシコからの麻薬密輸を描いた映画「トラフィック」で、メキシコが汚職大国に描かれていたが、メキシコも近代化に失敗した国である。
未だに前近代にいるから、汚職がなくならない。
前近代では汚職は悪ではなく、社会的な潤滑油である。
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 前近代とは農耕社会であり、支配者は血筋や身分といったものが決定する。
もちろん武力で打ち倒すこともあるが、支配の源泉は神から与えられたといった神秘的なもので、人間たちの合意の結果であるとは考えられてはいない。
支配者は被支配者から年貢をとりたてるが、取りたてた年貢は、おおむね支配者の恣意によって支出された。

  支配には、合理的な判断が不可欠だから、治水や治安のための支出もなされた。
しかし、支配者のお金は、あくまで支配者のものである。
農耕社会に生きたジーザスは、だからカイサルのものは、カイサルにというわけである。
前近代では、年貢として集めたお金を、支配者が個人のものとしたうえで支出した。
前近代には公私の区別がない。

 公私の区別がないところでは、公金を横領するという概念がない。
官僚たちの横領とは、支配者のお金を使い込んだ、つまり支配者の所有権の侵害でしかない。
もちろん前近代には、法の支配という概念はなく、人による支配だから、支配に恣意が入る。
人が支配する世界では、人間関係が最も大切である。
人間関係とは、いいかえるとコネの世界である。
ここでは盆暮れの付け届けといった、人間関係を円滑にする仕組みが発達する。

 汚職とか横領といったことは、けっして支配者だけの問題ではない。
支配者から庶民まで、すべてを貫くのが賄賂でありコネなのだ。
前近代では、賄賂は社会的な潤滑油である。
利権の独り占めが良くないことであって、皆に分ければ誰も文句を言わない。
賄賂自体は悪いことではない。

 しかし、工業社会と農業社会が並立してくると、話は違ってくる。
隣接する工業社会からの利益は膨大なものだ。
その利権をめぐって抗争が始まるのは時間の問題である。
その社会が工業社会化するときにも、汚職がはびるこることも自明である。
中国は共産党が支配者の地位にいた。
共産党の幹部は、国家を私有していたのである。

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 共産党の汚職は、個人的な支配者のそれよりも始末が悪い。
党という組織が汚職に走ったら、誰も止めようがない。

 証拠を集めることは非常に困難だった。関係者の証言が得られないのである。多くの証人は現職の市の幹部である。証人たちは、かれらの上司である容疑者の報復を恐れていたのかもしれない。報復を恐れるから、あえて証人にならない。あるいは金で官を買った人は、証言したがらない。またある証人は、自身が贈賄者であり収賄者でもある。かれらは自分に飛び火することを恐れ、証言することを拒んだ。そのため検察官たちは、証言を得ることに大変な努力を強いられたのである。P150

 汚職の取り締まりは、個人を対象にせざるを得ない。
しかし、汚職の原因は決して個人的なものではない。
汚職で逮捕された役人が、人生観を人民に奉仕するように改造しなかった。
だから汚職に走ったと供述しているのは、まだしばらく汚職がなくならないことを示している。

 「われわれ幹部の素質は、かつての国民党のそれにも遠くおよばなかった。国民党時代、郷長はほとんど中学卒業程度の学力を持っており、しかも解放前の中学は解放後のそれより知的水準は高かった。ところが共産党が政権を握ってからは、郷や村の斡部の多くは非識字者で、県の幹部でも字を読める人は少なかった」P202

 識字力と演算力は、近代人に不可欠の素質である。
それらを欠いていた共産党員に、汚職や横領が悪いことだと言っても通用しない。
理解の外なのである。
つまり、個人的に悪人だとかというのではなく、前近代人と近代人とは異なった道徳のもとに生きているのだ。
どちらが良い悪いの問題ではない。

 前近代のままで良ければ、ある程度の賄賂は許容してもいい。
しかし、近代化しようとしたら、個人を確立し、すべての汚職をやめさせなければならない。
それには個人的な意識の問題ではなく、社会全体の経済的な豊かさを向上させることである。
その途中での、汚職の跋扈は厳しく取り締まる必要があるが、わが国などから批判できる筋にはない。
わが国だって、ついしばらく前までは大同小異だったのだから。

 政府の高級官僚でも、給料はホテルのボーイのチップより少ないとあっては、汚職がはびこるのは防ぎようがない。
中国は豊かになれば、官僚や役人にきちんと給料が払えるようになる。
そうすれば汚職をしなくても、地位に応じた生活ができるようになり、汚職はなくなっていく。
汚職の跋扈は、それまでの通過儀礼である。
(2002.10.4)
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参考:
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ジョージ・F・ケナン「アメリカ外交50年」岩波書店、2000
アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩学芸文庫、2001
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
戸部良一ほか「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」ダイヤモンド社、1984
田中宇「国際情勢の見えない動きが見える本」PHP文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
ウイリアム・ブルム「アメリカの国家犯罪白書」作品社、2003
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
多川精一「戦争のグラフィズム 「FRONT」を創った人々」平凡社、2000
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」新潮選書、1999
佐藤文香「軍事組織とジェンダー」慶応義塾大学出版会株式会社、2004
別宮暖朗「軍事学入門」筑摩書房、2007
西川長大「国境の超え方」平凡社、2001
三宅勝久「自衛隊員が死んでいく」花伝社、2008
戸部良一他「失敗の本質」ダイヤモンド社、1984
ピータ・W・シンガー「戦争請負会社」NHK出版、2004
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社 2001
菊澤研宗「組織の不条理」ダイヤモンド社、2000
ガバン・マコーマック「属国」凱風社、2008
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」岩波書店、2002
サビーネ・フリューシュトゥック「不安な兵士たち」原書房、2008
デニス・チョン「ベトナムの少女」文春文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
読売新聞20世紀取材班「20世紀 革命」中公文庫、2001
ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」平凡社、1987
杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、1998
杉山隆男「自衛隊が危ない」小学館101新書、2009
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫、1969
顧蓉、葛金芳「宦官 中国四千年を操った異形の集団」徳間文庫、2000
鈴木了司「寄生虫博士の中国トイレ旅行記」集英社文庫、1999
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か その言説と現実」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987

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