匠雅音の家族についてのブックレビュー      戦争における「人殺し」の心理学|デーヴ・グロスマン

戦争における「人殺し」の心理学 お奨度:

著者:デーヴ・グロスマン   ちくま学芸文庫、2004(1998)年 ¥1500−

著者の略歴−米国陸軍に23年間奉職。陸軍中佐。レンジャー部隊・落下傘部隊資格取得。ウエスト・ポイント陸軍士官学校心理学・軍事社会学教授、アーカンソー州立大学軍事学教授を歴任。98年に退役後、Killology Research Groupを主宰、研究執筆活動に入る。本書にて、ピュリツアー賞候補にノミネート。他の著書に、“Stop Teaching Our Kids to Kill(共著)”などがある。

 タイトルどおり、戦場で殺すことの心理を、歴史的にまた現実的に詳しく分析している。
アメリカ人特有の綿密さで、詳細にわたって論じている。
戦場であっても、人を殺すことの困難さがよく判る。
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 動物には自分と同種の生き物を、殺すことには本能的な抑制がかかっている。
簡単には殺せないように自然が仕組んでいる。
人間も動物である。
だから、同種の生き物、つまり人間は人間を殺すことができないように、神様が仕組んでいるはずである。
神様は人間が殺し合わないように、心の中に抑制力を組みこんだという。

 動物的な本能が壊れた人間は、人間同士で殺しあう。
しかし、壊れているとはいえ、人間も同じ人間を殺すことには抵抗がある。
昔から、戦いは絶えなかった。
歴史上、世界の各地で戦争はおきてきた。
第2次世界大戦までは、闘う形式が人間的だった。
つまり、人間同士の接近戦は少なかった。
しかも、接近戦になると、兵士の闘う様子は想像もつかないものだった、という。

 第二次世界大戦中、米陸軍准将S・L・A・マーシャルは、いわゆる平均的な兵士たちに戦闘中の行動について質問した。その結果、まったく予想もしなかった意外な事実が判明した。敵との遭遇戦に際して、火線に並ぶ兵士100人のうち、平均してわずか15人から20人しか「自分の武器を使っていなかった」のである。しかもその割合は、「戦闘が1日じゅう続こうが、2日3日と続こうが」つねに一定だった。P43

 戦争映画が描くように、兵士たちが一斉に銃口を開くというということはないのだ。
しかも、兵士たちが敵兵に当たらないように、銃口を上に向けたりして撃っていた、と本書はいう。
兵士とは敵を殺すのが仕事のはずである。
にもかかわらず、大多数の兵士は、きちんと仕事をやっていなかったのだ。

 戦場での恐怖は、もちろん自分が怪我したり死ぬことだ。
しかし、必ずしもそれだけではない。
相当に多くの兵士は、相手を殺すことが、大きな恐怖になっていた。
つまり、本書が一貫して主張する、同胞を殺さない擬似本能が働いて、人殺しをためらわせていた。

 遭遇戦というのは少ない。
ましてや白兵戦で死者がでるのは、ごく稀である。
多くの死者がでるのは、負けたほうが敗走を始めて、敵に後ろを見せたときだという。
戦いが終わり、勝ったほうは気分が高揚して、負けたほうを殺してしまうのだ。
それでも、重火器が登場するまでは、戦争の死者は少なかった。

 狙撃兵などを除き、ふつうの兵士が銃で殺すことは少ない。
多くの殺人は、大砲などが行ったのだという。
遠くから機械的に大砲を打ち出すから、弾に当たって人が死ぬと想像しなくても済むのだ。
人が死ぬ場所と、自分のいる距離がはなれており、その距離が非殺人本能をマヒさせた。
だから、飛行機乗りや船乗りは、殺人に対しても比較的罪悪感が少なかったという。

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 軍は兵士の行動を研究した。
そして、条件反射的に銃を撃つような訓練をした。
かつては匍匐して紙の黒い的を撃っていたが、もっとリアルな人形型の模型を標的にして、蛸壷から頭だけを出して狙撃するように改良した。
そして、当たれば実際に人形が壊れる。
また、当たれば評価が上がるが、当たらなければ評価が下がる。
そうしたシステムに変更した。

 ベトナム戦争では、そうした訓練の結果、兵士の発射率は90パーセントを超えたという。
ほとんどの兵士が、敵兵に向けて銃を発射するようになった。
しかし、その見返りもまた大きかった。
PTSDにかかる兵士が、膨大な数に上ってしまったのだ。

 しかも、ベトナム戦争はアメリカに正義がなかった。
そのため、復員しても、パレードもなければ、叙勲もなかった。
命がけで闘っても、帰国してみれば、市民たちから人殺しといわれて、唾を吐きかけられた。
そのため、人殺しの原罪を背負ったままで、市民生活に戻らなければならなかった。
ますますPTSDで苦しむ、ベトナム帰還兵が巷に溢れた。

 戦場であっても、人を殺すためには、正当性が必要である。
それには、上官の命令がものをいう。

 愛する者を進んで危険にさらす指揮官のほうが勝利を収める可能性が高く、したがって部下を守れる可能性も高い、それが戦争のパラドックスなのだ。軍隊に存在する階級制度は否認のメカニズムを与える。これがあるから、指揮官は部下に死ねと命じることができる。だが同時に、これがあるから軍の指揮官は孤独なのである。
 イギリスの軍隊では、階級構造はもっとはっきりしている。英軍参謀大学時代に仲良くなったイギリスの将校たちは、かの国の階級制のなかで生まれ育った者のほうがよい指揮官になれると信じていた(私も同感だ)。昔は社会的距離の影響はずっと強力だったにちがいない。すべて将校は高貴の出で、生殺与奪の樺をふるうのに子供のころから慣れていたからである。P280


 軍隊というのは、皮肉な組織である。
自国を守るのは、誰でも肯定するが、自国を守る範囲は実に漠然としている。
そして、何よりも戦場と市井の生活は、まったく異なった価値観が支配している。

 自国民のために闘っても、戦場から市民生活へと戻るときには、汚れを払う儀式が必要なのだ。
それをしないと、人殺しの原罪から逃れにくくなる。
かつては部隊ごと帰還させ、しかも船を使ったという。
時間のかかる航路が、兵士の禊ぎになっていたのだ。

 筆者は、軍の訓練プログラムが、映画やTVゲームに応用され、子供たちが人殺しに育っている、と警鐘を鳴らす。
軍事技術を語る「軍事学入門」も、もちろん重要だが、本書のような分析も大切である。
  (2010.6.7) 
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参考:
石原寛爾「最終戦争論」中 公文庫、2001
多川精一「戦争のグラフィズム」 平凡社、2000
レマルク「西部戦線異常 なし」レマルク、新潮文庫、1955
ジョージ・F・ケナン「アメリカ外交50年」 岩波書店、2000
アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑 摩学芸文庫、2001
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴 力」而立書房、1999
戸部良一ほか「失敗の本質:日本軍 の組織論的研究」ダイヤモンド社、1984
田中宇「国際情勢の見えない動きが見え る本」PHP文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」 中公文庫、1999
ウイリアム・ブルム「アメリカの国家犯罪白書」 作品社、2003
佐々木陽子「総力戦と 女性兵士」青弓社、2001
多川精一「戦争のグラフィズム  「FRONT」を創った人々」平凡社、2000
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」 新潮選書、1999
佐藤文香「軍事組織とジェンダー」 慶応義塾大学出版会株式会社、2004
別宮暖朗「軍事学入門」筑摩書房、 2007
西川長大「国境の超え方」平凡社、2001
三宅勝久「自衛隊員が死んでいく」花 伝社、2008
戸部良一他「失敗の本質」ダイヤ モンド社、1984
ピータ・W・シンガー「戦争請負会社」NHK出 版、2004
佐々木陽子「総力戦と 女性兵士」青弓社 2001
菊澤研宗「組織の不条理」ダ イヤモンド社、2000
ガバン・マコーマック「属国」凱風社、2008
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」岩波書店、 2002
サビーネ・フリューシュトゥック「不安な兵士たち」原書房、 2008
デニス・チョン「ベトナムの少女」文 春文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」 中公文庫、1999
読売新聞20世紀取材班「20世紀 革命」中公文庫、 2001
ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」平凡 社、1987
杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、 1998
杉山隆男「自衛隊が危ない」小学館101 新書、2009
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫、 1969
石原里紗「ふざける な専業主婦 バカにバカといってなぜ悪い」新潮文庫、2001
下田治美「ぼ くんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
田嶋雅巳「炭坑美人 闇を 灯す女たち」築地書館、2000
モリー・マーティン「素敵なヘルメット 職域 を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
シェア・ハイト「なぜ女は出 世できないか」東洋経済新報社、2001
デーヴ・グロスマン「戦争における「人殺し」の心理学」ちくま文庫、2004

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