匠雅音の家族についてのブックレビュー   ブラック・カルチャー観察日記|高山マミ

ブラック・カルチャー観察日記
黒人と家族になってわかったこと
お奨度:

筆者 高山マミ(たかやま まみ)   Pヴァイン・ブックス、2011年 ¥1900−

編著者の略歴− フリーの写真家、ライター。東京・日本橋出身。明治学院大学英文科卒業。写真は植物、建築、人物、風景、ストリートからブツ振りまでジャンルレス。アメリカベースだが、日本の書籍や雑誌、ショップなどでも活躍中。学生の頃から世界の旅を始め、米国、オーストラリアなど海を越えての引っ越しを繰り返す。現在、シカゴアンの夫とともにシカゴ在住。
http://www.jeannedarcpix.com/home-ja/
 我が国で知らされる海外事情は、我が国で歓迎される情報に傾く嫌いがある。
韓国では2008年1月1日に戸籍制度が廃止されたことなど、どこのマスコミも報道しない。
世界でただ1国、日本だけが戸籍を残したいからだろう。
国際結婚も同様で、離婚も含めて、人種の混交には不熱心である。

 アメリカの黒人に関しても、我が国での見方が強く反映している。
少数民族として差別されてきたという側面に共感する人は、黒人は未だ差別されており、その原因は白人側にあると考えがちである。
反対の立場に立つ人は、差別されてきたのは黒人側にも問題があると考えがちである。

 国際結婚も多くなってきたけど、黒人男性と結婚する日本人女性はまだ少ない。
本書は黒人男性と結婚して、シカゴに住む女性の住む日常を観察したものだ。
日本での先入観は、どうしても残ってしまうのだが、本書は現場からの報告として興味深いものだ。
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 我が国では、金持ちであろうと貧乏人であろうと、同じような行動をする。
使う言葉もほとんど同じだし、住む場所だってそれほど違いはない。
もちろん食べ物だって、そんなに違いはない。
庶民がメルセデスに乗っても不思議ではない。
しかし、世界では違うことが多い。
言葉の違いで出自が判ってしまうし、住む場所にかんしては見事に分離されている。

 アメリカでは人種によって住む場所が違うと言っても過言ではない。
白人は郊外に住み、黒人はダウンタウンに住む。
筆者の住まいは、黒人と白人が混合しているというが、ここに住んでいる白人は貧しい人たちだろう。
もちろん黒人でも優秀な人はたくさんおり、立派なミドルクラスになっている。
しかし、全米規模では貧乏な黒人が多いのも事実である。

 貧乏な黒人たちは、黒人達で集まって住み、黒人の習慣を黒人文化とみなしている、という。
黒人文化とはどういうものだろうか。
まず黒人時間といって、約束の時間から1時間くらい遅れるのが普通だという。
黒人時間は白人時間と混在しているから、アメリカでは目立ってしまう。
日本人が時間に正確だから、驚くかも知れないが、時間に正確なのはむしろ世界では少数派である。

 黒人社会では、<頭は悪いのがクール>なのだそうだ。

 黒人の多い(あるいは100%黒人の)小中学校で一番のいじめの対象は、勉強のできる子である。頭のいい子、成績のいい子がいじめられる。
 頭のいい子がモテるのなら分かるが、黒人の子どもたちの価値観では「頭の悪い子がカッコいい(クール)」のだ。<中略>
 頭のいい子が褒められ、いい学校に行くことが名誉で、−というのは白人社会の価値観で、多くの黒人にはそういう価値観がない。残念ながら、教育が大切だということに気づいている黒人というのは、実に少数派。
 黒人の子は頭がいいと、学校で(white)と友だちに呼ばれる。
 夫(フィリップス・エクスター・アカデミー卒で極めて優秀)はいじめられはしなかったが、「どうしてそんなに(white)になりたいの?」とさんざん言われたらしい。勉強するのは、白人になりたいからではなく、ものを知りたいからなのに。ものを知ることが面白いからなのに。
 ほとんどの黒人の子どもたちにとっては「勉強する=白人になる」という図式なのである。ああ……なんという現実。
 夫は幼少のころから、この黒人子ども社会の実態に辟易していた。夫に限らず、頭のいい黒人の子どもたちは、小さいころに必ず「白人」と呼ばれた経験があろう。P22


 これは何となく判る。
我が国でも子供の頃は、運動のできるヤツがスターで、勉強しかできないヤツは馬鹿にされていた。
問題は、こうした価値観を、大人の黒人達も持っていることだろう。
黒人達はいまだに大家族的な繋がりの中で生きている。

 差別が厳しかった時代には、大家族的な繋がりしか、黒人を守ってくれなかったのだろう。
公民権法が施行されても、まだ日が浅いから大家族が残っているのも無理はない。

 その大家族の中で、教育の重要さがスポイルされている。
教育こそ豊かになる最短距離だというのに、これは悩ましきことだ。
黒人女性たちも、高等教育を指向するのではなく、子供を産むことに走りがちだという。
<シングルマザーは蜜の味>と題して次のように書く。

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 母子家庭はアメリカでは珍しくもないのだが、大きく分けると母子家庭背景には2種類ある。
「離婚」によるものか、「未婚」によるものか。
そしてこの違いは、人種による違いを表すことにもなる。
 白人母子家庭の多くは離婚や死別が原因だが、黒人母子家庭のほとんどは未婚によるものだ。
また白人社会では、高学歴でミドルクラス以上の女性が、子どもを産む選択をすることが増えてきて久しい。経済的に男性に頼らずに、ひとりで子育てできる女性たち。
黒人女性でこういう人たちは、まだまだ珍しい。
黒人は、白人女性とは違う意味で「あえて」結婚せずに子どもを産み、母子家庭を作っている。
経済的、精神的自立のおかげではない。母子家庭だと、社会福祉に頼れるからだ。
簡単に言えば、シングルマザーでいた方が、楽にお金が手に入るから。<中略>
 「貧困ライン」というのは、貧困を計るために使われる政府の決めたガイドライン。どうにかギリギリ食べていける、という最低限の収入を言う。
 これは、生活保護の対象になるかどうかを判断する際の指標になる。
 この貧困ラインが黒人社会にとって極めて重要なのは、このラインを超えてしまうと生活保護が受けられなくなるから。
 働かないでお金をもらうために、ラインをあえて超えないように貧困でいつづける母子家庭が非常に多い。
 子どもが多ければ多いほど、生活保護の金額も増える。
 このシステムは、母子家庭の子だくさん環境で育った黒人なら「生きる術」として身に付いているものなので、なにも考えずに子どもを産み続ける。
 彼らは子どもの養育費のことや、教育については「なにも考えていない」が、生活保護に関してはちゃんと「計算」しているのだ。P45


 人種差別を続けた結果、黒人達は貧しいままにおかれた。
生活保護を止めると黒人暴動が起きることを恐れ、メインストリームは黒人を生活保護漬けにする。
生活保護に税金を投じるより、黒人達を白人同様に働かせて、納税者にしたほうが遙かに有利だと知っていながら、自分たちの支払った税金を使って、生活保護を続けなければならない。
差別のツケは大きい。差別のツケは、差別したほうが払わされる。

 貧富の固定化は、社会の活力を削ぐ。
貧者を何世代にもわたって固定化してしまうと、豊かな者が貧者を扶養しなくてはならなくなってしまう。
我が国では女性が同じような立場に置かれている。
女性に社会的な労働力を付けさせずに、家事に専従させてきたので、男性が女性を養わなければならなかった。
女性の頭脳を死蔵してきたのだ。
いま我が国では、男性たちにそのツケが回ってきている。

 オバマ大統領が誕生して、黒人もファースト・マンになれる時代になった。
では、黒人が黒人大統領を生みだしたのだろうか。
2008年11月4日のオバマの勝利宣言の集会について、次のように書いている。

 メイン会場にいた人たちは、99%白人だった。老若男女の白人だった。
会場に入るまでの長い列。ニュージャージーから、オハイオから、カリフォルニアからざまな州からの若い学生たちもいた。開票が進むと、熱心に携帯電話で結果を調べる。州の勝決まるたびに、皆で声を出して喜んだ。
 この熱心なサポーターたちは、長い間神経を尖らせながら、選挙の行方を見守ってきた人たちだ。
 どこかで何かが変わることを待ち望んでいるのではなく、誰かが変えてくれることに期待しているのではなく、自分たちで動かしてきた人たちだ。
 広い広い会場であったが、わたしの目に入るところにいた黒人は、夫の他にもうひとりの男性だけだった。
 こういう事実を、いったいどれだけの黒人たちが知っているのだろうか?と疑問に思う。
 オバマを選んだ理由を、「黒人だから」と悪びれずに黒人たちは答える。偽善的な人でない限り、正直にこう言うだろう。
 大統領を、政策は二の次に、肌の色優先で選んだ黒人。
 メイン会場にいた、肌の色ではなく、政策優先で大統領を選んだ白人サポーターたち。
 この二者は、非常に対照的である。P119


 だからといって、筆者は黒人達を責めているのではない。
本サイトだって、差別されてきた歴史を知るがゆえに、黒人を無知だと責めることはしない。
黒人のマイナス面ばかり取り上げてしまったが、筆者の夫が黒人である以上、黒人に否定的な感情を持っているはずがない。
黒人であっても良いものは良いし、悪いものは悪いのだ。

 黒人が高級車に乗っていれば、まず盗難車かと疑われる現実。
映画「クラッシュ」でも似たようなシーンが描かれていたが、とにかく黒人は犯罪者ではないか、と疑いの目で見られる。
白人なら酔っ払おうがマリワナをきめようが、警官は見過ごすことがほとんどだ。
しかし、黒人だと簡単に逮捕される。

 筆者と筆者の夫が、メルセデスに乗ってガソリンスタンドに入ったとき、周囲の人たちは彼(女)たちを凝視していたという。
その時の夫の言葉は次のようなものだった。

 シカゴ郊外で、メルセデスに乗っている黒人男性がアジア人女性なんて連れていたら、盗難車と誘拐の二重の疑いだよ。P200

 どんな社会にも問題がある。
でも、その問題を隠すことなく、あからさまにすることこそ誤解を生まない道である。
内部の問題だとして、その構成員が隠してしまったら、その組織はきわめて風とおしの悪いものになる。
我が国を考える上でも、興味深く読んだ。  (2012.5.3)
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参考:
石原寛爾「最終戦争論」中公文庫、2001
多川精一「戦争のグラフィズム」平凡社、2000
レマルク「西部戦線異常なし」レマルク、新潮文庫、1955
ジョージ・F・ケナン「アメリカ外交50年」岩波書店、2000
アミン・マアルーフ「アラブが見た十字軍」筑摩学芸文庫、2001
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
戸部良一ほか「失敗の本質:日本軍の組織論的研究」ダイヤモンド社、1984
田中宇「国際情勢の見えない動きが見える本」PHP文庫、2001
横田正平「私は玉砕しなかった」中公文庫、1999
ウイリアム・ブルム「アメリカの国家犯罪白書」作品社、2003
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
秦郁彦「慰安婦と戦場の性」新潮選書、1999
佐藤文香「軍事組織とジェンダー」慶応義塾大学出版会株式会社、2004
別宮暖朗「軍事学入門」筑摩書房、2007
西川長大「国境の超え方」平凡社、2001
三宅勝久「自衛隊員が死んでいく」花伝社、2008
戸部良一他「失敗の本質」ダイヤモンド社、1984
ピータ・W・シンガー「戦争請負会社」NHK出版、2004
菊澤研宗「組織の不条理」ダイヤモンド社、2000
ガバン・マコーマック「属国」凱風社、2008
ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」岩波書店、2002
サビーネ・フリューシュトゥック「不安な兵士たち」原書房、2008
デニス・チョン「ベトナムの少女」文春文庫、2001
読売新聞20世紀取材班「20世紀 革命」中公文庫、2001
ジョン・W・ダワー「容赦なき戦争」平凡社、1987
杉山隆男「兵士に聞け」新潮文庫、1998
杉山隆男「自衛隊が危ない」小学館101新書、2009
伊藤桂一「兵隊たちの陸軍史」新潮文庫、1969
清水美和「中国農民の反乱」講談社、2002  
金素妍「金日成長寿研究所の秘密」文春文庫、2002
邱永漢「中国人の思想構造」中公文庫、2000
中島岳志「インドの時代」新潮文庫、2009
山際素男「不可触民」光文社、2000
潘允康「変貌する中国の家族」岩波書店、1994
須藤健一「母系社会の構造」紀伊国屋書店、1989
宮本常一「宮本常一アフリカ・アジアを歩く」岩波書店、2001
コリンヌ・ホフマン「マサイの恋人」講談社、2002
川田順造「無文字社会の歴史」岩波書店、1990
阿部謹也「ヨーロッパ中世の宇宙観」講談社学術文庫、1991
永松真紀「私の夫はマサイ戦士」新潮社、2006
ハワード・ジン「学校では教えてくれない本当のアメリカの歴史」あすなろ書房
高山マミ「ブラック・カルチャー観察日記」Pヴァイン・ブックス、2011

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