匠雅音の家族についてのブックレビュー   脱住宅−「小さな経済圏」を設計する|著者 山本理顕、仲俊治

脱住宅
「小さな経済圏」を設計する
お奨度:

著者 山本理顕、仲俊治  平凡社 2018年 ¥2800

著者の略歴− 山本理顕[やまもとりけん] 1945年生まれ。建築家。東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻修了。1975年山本理顕設計工場設立。 2007〜11年横浜国立大学大学院教授、 2018年度から名古屋造形大学学長。主な作品に、埼玉県立大学、公立はこだて未来大学、横須賀美術館など。 チューリッヒ、天津、北京、ソウルなどでも複合施設、公共建築、集合住宅を手掛ける。1988、2002年日本建築学会賞、 1998年毎日芸術賞、2000年日本芸術院賞など受賞多数。主な著書に、『住居論』(住まいの図書館出版局)『地域社会圏主義』(共著、LIXIL出版)、 『権力の空間/空間の権力』(講談社選書メチ工)など。

仲俊治[なかとしはる] 1976年生まれ。建築家。東京大学大学院工学系研究料建築学専攻修了。2001〜08年山本理顕設計工場勤務を経て、2009年建築設計モノブモン(現仲建築設計スタジオ)設立。 2009〜11年横浜国立大学大学院Y-GSA設計助手。2016年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館出展。 主な作品に、食堂付きアパート(2014年グッドデザイン金賞、2016年日本建築学会新人賞、2015年吉岡賞)、上総喜望の郷おむかいさん(2017年千葉県建築文化賞優秀賞)、 白馬の山荘(2015年JIA環境建築賞優秀賞、2013年長野県建築文化賞優秀賞)。著書に『地域社会圏主義』(共著、LlXは出版)がある。

  住みやすい住宅を造る、それが建築家に課された使命であろう。
最低限の要求は、プライバシーが守れて安全性の確保であろうか。
1住宅=1家族として、こうした要求に従った家がたくさん造られている。しかも、同じようなデザインで。

  もちろん今日標準と考えられている住宅も、歴史的なものであり明確な意図を持って設計され建築されてきたものだ。
戦前までの住宅は襖や障子で仕切られた部屋が連なっており、建具を取り払ってしまえば大きな一部屋になった。 必然的に、プライバシーの確保が緩く、音や気配はとなりの部屋に筒抜けだった。

脱住宅
  今日に連なる住宅は、食寝分離をうたった西山夘三等が言い出し、吉武泰水のもとで日本住宅公団の公営住宅「51C型」などの標準設計として普及したものだ。
いわゆる2DKや3DKといった住宅の原型が、日本の設計者たちから主張されて、いまや住宅と言えば、2DKや3DKしかないように見なされている。
億ションと言われる高額マンションでも、間取りは2DKや3DKである。
  筆者たちは、1住宅=1家族の2DKや3DK住宅に反旗を翻す。

 今、私たちが住んでいる2DKとか3DKとかいう住宅も戦後に建築家たちが考案した住宅なのだ。(中略)それまでの日本の住宅とは似ても似つかない住宅だった。 夫婦とその直系の子ども(核家族)だけで住むような住宅だった。「1住宅=1家族」である。賃労働者(サラリーマン)のための専用住宅である。 子どもを産んで育てるための住宅として特別に設計された住宅だった。労働力の再生産のための住宅である。 だからそれまでの住宅に比べて、プライバシー(密室性)に対して異常なまでに気を遣う住宅だったのである。「性現象〔性行為、性的欲望の総体〕」のための密室性である。P6

  筆者たちの言うことは正しい。しかし、戦後の物資不足の時代に、増えるであろう賃労働者のための住宅を大量に供給するには、ウサギ小屋を造るより他になかったであろう。
筆者たちも言うように、それが今日までも何ら反省することなく、そのまま造り続けることが知的な怠惰である。

  核家族を家族のあるべき姿として、その容器として住宅を考えれば、1住宅=1家族の2DKや3DK住宅は最適であったかも知れない。
大家族の時代の住宅は、まさに壁に耳あり障子に目ありだった。
隣室には親や子供たちが寝ているのだから、夫婦は気ままにセックスを楽しむことはできなかった。
防音性能に優れた、鉄筋コンクリート製の2DKや3DK住宅は、サラリーマンたちにとっては天国であったろう。
  現在ではサラリーマンが、勤労者の80パーセント以上である以上、筆者たちが嘆く1住宅=1家族の2DKや3DK住宅もやむを得なかっただろう。 しかし、今後は事情が違う。サラリーマンが多いと言っても、核家族は主流の座から落ち始めている。ましてや夫と妻、それに子供2人という核家族は少数派になってしまった。 そこでも、従前のような住宅政策を続けることは間違っている。
  筆者たちは貧乏人の味方で、政府の住宅政策に怒っている。「投資の対象となった住宅」という章を設けて、下記のように言っている。

  1996年には国は公営住宅の家賃を「近傍民間同種家賃」とする、と公営住宅法を改正した。周辺の民間ディべロッパーの収益を圧迫しないように、 公営住宅の家賃を上げるというわけである。低収入の人たちの行き場がなくなる等ということはこれっぼっちも考えない政策である。P108

  そして、次々に悪法を上げていく。1999年の「空中権売買」、2000年の「資産流動化法」、2003年の「総合設計制度」、 2007年の「35年長期ローン」などなど、すべて民間ディべロッパーの収益向上のための法整備である。 そして、投資家を住宅建設に呼び込む施策である。
こうした制度によって、都市近郊には超高層住宅が林立した。これらはすべてサラリーマンたちに、住まいを提供しようとしたとすれば聞こえは良い。
しかし、6〜7千万もするマンションが、普通のサラリーマンに買えるだろうか。

    筆者たちの憤りはもっともである。
筆者たちに敬服するのは、若い時から自分のポリシーを持って設計に当たってきたことだ。
1990年に完成した熊本県保田窪第一団地では、1住戸を2棟に分けた平面計画で、しかも住戸が中庭を囲んでいる。
これは従前の集合住宅とあまりにも違っていたので、テレビをはじめマスコミから叩かれた。また、1992年に「岡山の住宅」を竣工させているが、よく建築できたと思うくらいに斬新だった。

  その後、大きな共同住宅を中国、韓国、そして我が国でと、次々に完成させていく。しかも、そのいずれもが職住一致を目指したものだ。
筆者たちは、かつての町家のようなイメージを実現しようとしており、住宅に小規模な事務所を併設している。 これはこれでアリだと思うが、ちょっと気になるのは仕事と自由時間が切り離せなくのではないか?
職場が住まいと離れていても、スマホ経由で仕事がどんどん家庭に進入してくる。 それを助長するような気がするのだが。

  自宅で仕事する人は急激に減ってきた。総務省統計局の労働力調査によれば、1957年(昭和32)には全労働者4、281万人中、1、038万人が自営業者だった。
それから57年たった2014年(平成26)には、全労働者が6、351万人へと増えたにもかかわらず、自営業者は556万人へと減ってしまった。
そして、自営業者の同僚である家族従業員は、1953年(昭和28)には1、262万人いたが、2014年には168万人へと激減している。

  今後はフリーランスが増えるとは思うが、職住一致は必ずしも良い結果ばかりとは限らないだろう。 筆者たちの労作は多としながらも、核家族以外の住宅のプロトタイプを期待したい。 
(2018.10.29)
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参考:
伊藤友宣「家庭という歪んだ宇宙」ちくま文庫、1998
永山翔子「家庭という名の収容所」PHP研究所、2000
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997
ミシェル・ペロー編「女性史は可能か」藤原書店、1992
マリリン・ヤーロム「<妻>の歴史」慶應義塾大学出版部、2006
シモーヌ・ド・ボーボワール「第二の性」新潮文庫、1997
亀井俊介「性革命のアメリカ」講談社、1989
イーサン・ウォッターズ「クレージ・ライク・アメリカ」紀伊國屋書店、2013
岩村暢子「変わる家族、変わる食卓」中央公論新書、2009
山本理顕、仲俊治「脱住宅−「小さな経済圏」を設計する」平凡社、2018  

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