著者の略歴− 1971年生まれ。2歳半の時に母親が離婚、半年後に再婚するが、本人はそのことを知らないままに育つ。義父からは性的・精神的虐待を、母親からは身体的・精神的虐待を本人が結婚して家を出る時まで受け続けた。 17歳の時、万引きなどの不良行為が重なり、精神科医師のカウンセリングを受ける。しかし、医師からは治療の必要はないと診断され、その後は苦しみを絵や文章で表現するようになる。学校卒業後、医療関係の仕事に就くが、人間関係でうまくいかず何度か自殺も試みている。斎藤学氏の本に出会い、自分がアダルト・チルドレンであると知る。同じ苦しみを持つ仲間の紹介で、24歳の時、光元和恵氏のカウンセリングを受け始める。翌年、実父との再会を果たし、子どもの頃以来傷つき続けたこころの回復作業を3年にわたって続け、現在に至る。 アダルト・チルドレン(=AC)だった筆者が、成人後になって、平常な心を取り戻していくまでを、書いたものである。 原田純も「ねじれた家 帰りたくない家」を書いているように、やっと子供の側から本音の本が、ふつうに出版されるようになった。
いままで両親がそろっている家庭に育ったら、それだけで育ててもらったことを、親に感謝するように仕向けられた。 親は自分に冷たいとか、自分の家は寂しいと言っても、親がいない子供もいるんだよ、いるだけで感謝しなさい。 とか、大学まで行かせてもらっているんだから、学費を出して貰えない子供もたくさんいるんだ。 だから、親に感謝しなさい、と言われてきた。 親は子供を無条件に愛するものだ。 子供が親の愛情を理解できないだけだ。 親の愛情は、大人になれば判るとか、自分が子供を持てば判る、と言われてきた。 子供は親の所有物で、子供をどう育てようと、親の勝手がまかり通ってきた。 しかし、こうした話は、社会が貧しかった時代のものだ。 社会が貧しかった時代とは、農業が主な産業だった時代でもあった。 この時代、自然の力が大きくて、人間たちは生き延びることだけで大変だった。 大人たちは男女ともに、必死で働いてきた。 大人の働く姿が自然のうちに、子供のへの教育になっていた。 子供を愛するなど言わなくても、家にいるだけで子供への愛情は伝わった。 なぜなら、子供は跡継ぎだったから、親たちは子供を大切にしたのだ。 戦後になって、性別役割分担の核家族になり、家庭の全員が消費者になってしまった。 そのため、家庭で働く姿が見えなくなった。 また、子供は家の跡継ぎではなくなった。 継がせようにも、核家族には継がすべき家産がないのだ。 しかも、避妊や中絶が普及し、子供は親の選択によって生まれていた。 ここで親たちは、子供に面と向かわなければ、子育てが出来なくなった。 働く背中を見せていれば、子供が育つ時代は過ぎたのだ。
子供は天からの授かりものではなく、親たちが生んだのだ。 にもかかわらず、親たちは自分の価値観を押しつけ、子供そのものを大切にしなかった。 そうした親たちが、ACな子供を生んだ。 本書では、カウンセラーの光元和憲氏が、ACを次のように定義している。 機能不全に陥った家族の中で育ったため、子どもらしい子ども時代を十分に過ごせないまま大人になってしまった子どもたち。P337 家族が機能不全という言葉自体が、一対の男女と何人かの子供たちという、幸せな核家族を前提にしている。 村本邦子が『「し あわせ家族」という嘘』でいう、「幸せな家庭」というカタチが、問題なのだ。 幸せな家庭という理念型をつくり、そのカタチから逸脱すると、親が責められる。 親が離婚したり、暴力をふるったりすると、幸せな家庭ではないので、悪い親と言うことになる。 しかし、「幸せな家庭」というカタチが維持されている限り、問題は子供のほうにあるということになる。 登校拒否、万引きする子供、非行化する子供、売春する子供、犯罪を犯す子供……。 問題児と称して、子供が非難され、社会的な解剖の目が子供に向く。 少年Aの家だって、「幸せな家庭」だった。親たちはふつうの親だった。 にもかかわらず、問題児が生まれてしまった。 問題児とは程度の差に過ぎない。 本書の筆者は、3歳の時に両親が離婚し、以降、母親と再婚した父親に育てられた。 その両親が、筆者を大切にしなかった。 再婚した父親は、筆者に女を感じて、性的な目で見た。 筆者は敏感に感じて、男親への屈折した心理を形成していく。 母親は再婚してくれた男性への気兼ねか、娘より夫の側に立つ。 義父の機嫌が悪いと、何かにつけて娘を叱る。 とにかく娘の自尊心を無視して、人間の尊厳を育てない。 子供だった娘は、自分がかけがいのない存在であることを、とうとう内面化できずに成長する。 そのため、万引きをしたり、問題児となる。 成人後、カウンセリングを受け始め、血縁の父親と再会する。 この父親がとても優しく、筆者を全面的に受けいれてくれた。 これまで他の人にこの話をすると、「いや、翔子ちゃんのせいじゃないよ」とは言ってくれるものの、「親も人間だから仕方ないよ」というきれいな言葉が、さも一番正しいようにして後に続く。その言葉の真にひそむ<親を許容できないあなたが無能力なのよ>という私への優越感のとげをいつも感じていた。父は違う。今まで話した人の誰とも違う。事実をそのまま受けとめる。父は私の感じたことを大切にしてくれる。P92 子供は子供時代のある時に、全部的に肯定される時期が必要なのだ。 全部的に肯定されることによって、自分の存在を認め受け入れてくれる人の存在を知る。 それによって、子供の自我が安定するのだ。 暴力などふるわれなくても、自尊心を育てられなかった子供は、安定した自我をもてない。 幸いにして筆者は、度量の大きな父親があらわれた。 とても幸運だったと思う。 ボクは家をでて40年後に、父親が謝罪してきたが、その1ヶ月後に「あれは無しだ」と言ってきた。 実に悩ましい。 「幸せな家庭」というカタチが、子供の心を育て、それから逸脱すると自殺を考えるほどになる。 筆者は、本当の心というが、本当の心とは何だろうか。 本当の心といい、幸せな家庭といい、何だか胡散臭いが、本人には大問題なのだ。 ジュディス・ハーマンの「心的外傷と回復」となるのも困るが、結局は大人自身の問題なのだろう。 (2010.5.24)
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