匠雅音の家族についてのブックレビュー    ひとり家族|松原惇子

ひとり家族 お奨度:

著者:松原惇子(まつばら じゅんこ) 文春文庫 1999(1993)年 ¥495−

著者の略歴− 1947年、埼玉県川口市生まれ。昭和女子大学卒業後、結婚するが失敗。その後、自分探しの旅がはじまる。ニューヨークで学校カウンセリングの修士課程を修了するが、生き方定まらず。帰国後、社会福祉法人「誠光荘」で嘱託のカウンセラーとして働く。そんな中、『女が家を買うとき』(文聾春秋刊〉を出版、文筆活動に入る。98年5月に、SSSネットワーク(SSSはシングル・スマイル・シニアライフの意味)を立ちあげる。主な著書に『女が家を買うとき』『クロワッサン症候群』『「英語できます」』(文春文庫)、『いい女は頑張らない』『そのままの自分でいいじゃない』(PHP文庫)、『私を探す旅』(文芸春秋)、『ルイ・ヴィトン大学桜通り』(講談社文庫)、『素敵なおばあさんになりたい』(KKベストセラーズ)などがある。 HP http://www.ma-ju.com/
 いまでは単身生活者=シングルズは当たり前になった。
本書が出版された頃は、シングルズがやっと巷間にのぼりはじめていた。
それ以前にも、1986年には「シングル・ライフ」が話題を呼んだ。
また、1983年には「まだまだ独身でいいじゃない」などが出版されている。
しかし、単身生活を肯定するより、まだまだ結婚することが前提だった。
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ひとり家族 (文春文庫)

 1994年には、ボクも「シングルズの住宅」として、住宅及び居住環境における1人世帯の研究を書いている。
おそらく本書は、単身生活者をそのまま肯定し、単身で良いではないかと言った、もっとも早い1冊だろう。
単家族など知らなかっただろうから、単身生活者を家族とは見ないなかで、ひとりでも家族だと言ったのは、なかなかの慧眼であった。

 その後、1998年には「シングル単位の社会論」などが上梓されるが、個人は家族ではないといって、ひとり家族は普及しなかった。
しかし、今ではシングルでも家族と扱わざるを得ないほど、単身生活者が増えてしまった。
本書は、インタビューをまじえて、筆者の考えを述べる形になっている。
 
 独身女性を扱い、次に独身男性、主婦、そして独居老人へと、本書はすすんでいく。
筆者が女性だから、なんとなく独身女性には味方しているような感じで、男性にはちょっと冷たく感じる。
というより、個人的な体験記から出発している。
そのため、ひとり家族が主流になるという、ひとり家族を一般化する方向性が弱い。
ひとり家族は、あくまで核家族のバリエーションであるようだ。

 文庫版のあとがきで言うように、制度改革より意識革命を重視している。
そのため、私がひとりでも家族だという、個別性から抜け出せない。
出版された時代を考えれば、やむを得ないことだったと思う。

 しかし、次のようにも言う。 

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 正直言って、日本の女性は世界一考え方が遅れている人たちではないだろうか。自分で自分を食べさせている女性は尊敬されても軽蔑されることはないはずだ。日本の女性は、「結婚」を物差しに人をはかろうとする傾向がある。戦後45年以上たっても、「結婚」が女性の幸福と信じられているのあきれてしまう。高い学歴をつけて、何勉強してきたのって、つい言いたくなってしまう。結婚が人生の目的だったら、大学なんかいく必要なかったのでは。社会にでて働くことなかったのでは。P32

 女性が稼がないことに苛立ちを感じている。
そして、結婚して男性の姓を名のることに、幸福感を感じてしまう女性には、あきれ果てている。
 しかし、意識は、状況によって形成される。
その意識を持ったほうが有利だから、多くの人がその意識をもつのであり、意識だけを責めるのはファッシズムである。

 自分とは違う意識の人が、身のまわりに大勢いると苛立つのはわかるが、やはり制度を問題にすべきである。
意識変革が成功した試しはないが、制度が変われば、意識は自然のうちに変わってくる。
意識を問題にすると、遅れた人と進んでいる人といった具合に、生の個人を差別的な目で見かねない。

 本書が出版された頃には、女性への銀行ローンも不充分だったので、女性が家を買うことも少なかった。
しかし、今では制度が整備されて、女性が家を買うのも当たり前になった。
また、介護保険制度もできて、いろいろ問題はありながらも、老後の心配はずいぶんと減った。
どんな世界でも、先蹤者は苦労するのだ。

 独身女性について気になる記述がある。
親子の関係に、きわめて重い入れ込みをしているのだ。
どんなに気のあわない親でも、親というのは生きているだけで、存在価値があるものだという。
しかし、親も1人の人間である。
1人の人間として存在価値はあるが、本書の文脈では子供にとって、特別な存在価値があるわけではない。

 血縁を他の人間関係より大切に思うなら、結婚制度にのった性関係も大切になってしまう。
ひとり家族をいうなら、血縁を特別視すべきではない。
血縁の親子関係を特別視すれば、結局、ひとり家族は成立しなくなってしまう。
ひとり家族をいうときには、精神的な愛情を重視すべきであり、精神性でつながった関係を築くべきだろう。

 本書が出版されて、たった15年たっただけだが、世の中はずいぶんと変わった。
本書は、ひとり者の社会的な認知に、大きな役割を果たしたことは間違いない。
  (2009.6.19)
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参考:
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
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湯沢雍彦「明治の結婚 明治の離婚」角川選書、2005
越智道雄「孤立化する家族」時事通信社、1998
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992年
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
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J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
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賀茂美則「家族革命前夜」集英社、2003
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997
黒沢隆「個室群住居:崩壊する近代家族と建築的課題」住まいの図書館出版局、1997
E・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、1970
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ジョージ・P・マードック「社会構造 核家族の社会人類学」新泉社、2001
S・ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
石坂晴海「掟やぶりの結婚道」講談社文庫、2002
マーサ・A・ファインマン「家族、積みすぎた方舟」学陽書房、2003
上野千鶴子「家父長制と資本制」岩波書店、1990
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斉藤学「「家族」はこわい」新潮文庫、1997
島村八重子、寺田和代「家族と住まない家」春秋社、2004
伊藤淑子「家族の幻影」大正大学出版会、2004
山田昌弘「家族のリストラクチュアリング」新曜社、1999
斉藤環「家族の痕跡」筑摩書房、2006
宮内美沙子「看護婦は家族の代わりになれない」角川文庫、2000
ヘレン・E・フィッシャー「結婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」文藝春秋、2006
速水由紀子「家族卒業」朝日文庫、2003
ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河出書房新社、2004
川村邦光「性家族の誕生」ちくま学芸文庫、2004
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書ラクレ、2001
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
ベティ・フリーダン「ビヨンド ジェンダー」青木書店、2003
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
中村久瑠美「離婚バイブル」文春文庫、2005
佐藤文明「戸籍がつくる差別」現代書館、1984
松原惇子「ひとり家族」文春文庫、1993
森永卓郎「<非婚>のすすめ」講談社現代新書、1997
林秀彦「非婚のすすめ」日本実業出版、1997
伊田広行「シングル単位の社会論」世界思想社、1998

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