匠雅音の家族についてのブックレビュー     家族に何が起きているか|ステファニー・クーンツ

家族に何が起きているか お奨度:

著者:ステファニー・クーンツ   筑摩書房、2003年   ¥2800−

著者の略歴−エヴァーグリーン州立大学教授。家族史、社会史、女性史を専門とする。また、古くからの反戦活動家としても知られる。著書に「家族という神話」など。
  離婚、共稼ぎ、非婚の母、晩婚化…、旧来の家族のあるべき姿とは異なった生き方が、なぜ増えているのだろうか。
筆者は「あるべき家族像」を追求するのではない。
現在起きている家族の変化を素直にみつめ、異端とも見られかねない種々の家族に社会学・歴史学をふまえて、提言しようとしている。
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 人はかつて家族がしっかりとその絆を保ち、平和理にしかも豊かに暮らしていた、と想像しやすい。
現在が混沌期にあるだけになおさら、過去を美化し郷愁にひたりやすい。
しかし、筆者は次のように言って、現在を擁護する。

 1950年代の家庭や地域の安定は、当時の社会全体を覆っていた女性、ゲイ、反体制活動家、非クリスチャン、少数派民族への差別と、多くの家庭の暗部のシステマティックな隠蔽の上に成り立っていた。自分たちの自由意思で調和を保ち、互いにフェアであることができた家族にとって50年代は生きやすい時代だったかもしれないが、不協和音を呈した家庭や、抑圧的な家庭には逃れるすべがほとんどなかった。児童虐待、近親姦、アルコール依存、夫婦間のレイプ、夫の暴力などの犠牲者たちは60年代も半ばになるまで頼る人も逃げ場所もなかった。P74

 現在は家族が機能不全になっていると、崩壊していく家族が悪者のように語られる。
しかし、それはかつて隠蔽されていたことが顕在化したにすぎない。
むしろ当時平均的ではない家族にとっては、よりいっそう過酷な状況だった、という。
それにはまったく同感である。

 独断的な父親からどんなに無理を強いられても、かつては家庭の外へと逃れるすべはなかった。
誰が養っているのだという台詞の前には、家族の誰もが逆らいようがなかった。
父親に逆らっても出ていくところがない。
とすれば、じっと我慢しているより他になかった。

 現在では、辛うじてながら自分で生活できるようになった。
父親の経済的な庇護の下にいるより、貧しい生活かも知れないが、今の自由ははるかに居心地が良い。
家族は自分の居場所を求めて、それぞれに旅立った。
女性や子供など自由を抑圧されていた人々が、解放されていくことは止めようがない。
過去を懐かしんでも始まらない。

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 アメリカ労働者の平均週給は、1972年と73年にピークを迎え、その後は着実に低下してきた。
時代の徐々に家族の平均収入を下げてきた。
一家を支えてきた男性の収入が下がり始めた。

 家族はこういったプレッシャーにどう対処したのだろうか? 経済学者のゴードン・バーリンとアンドリユース・オンの説明によれば、ほとんどの家族が「個人の実質賃金が低下する中、生活水準を維持するため以下の4つのことを行った。すなわち、結婚を遅らせ、共働き夫婦になり、子供の数を減らし、そして借金をした」。P79

 しかし子供の労働は20世紀初頭に禁止になり、1950年までには男性のほとんどが農業以外の仕事に就いていた。60年代半ばには、男子に技能があっても高学歴であっても、家族が期待できる見返りは減っていった。かくして従来の方法によって社会上昇が保証されなくなった時、女性の雇用は家族の経済的発展のために欠かせないものとなり、育児に専念するために先送りしたり中断できるようなものではなくなってしまった。P96

 そう言って筆者はむしろ、男性のみが働く家族を、時代限定的なものだと見なす。
農業が主な社会では、女性も立派な労働力だった。
そこでは男性も子育てに関わっていたという。
男性だけが一家の稼ぎ手である家族は、社会の変化に対応する能力が劣り、けっして好ましいものではないとも言う。

 筆者は家族を原理的に考えるのではない。
社会学者・歴史学者と言うには、いささか原理的な思考に欠け家族政策に傾きすぎる嫌いはある。
しかし、現在進行している家族の変化を、不可避のものととらえ、その変化に対応しようとする。
家族のかくあるべき姿から、現状を判断しない姿勢には好感が持ている。
すでに筆者の中では、1対の男女が形作る家族は、微塵もない。
1対の男女によって営まれる家族は、たくさんある中の単なる1つの形にすぎない。

 男性が一家の稼ぎ手という家庭は、彼がその役割を果たし続ける限り、男性の健康と幸福に特に有利な家庭形態であるように思える。しかし、一家の唯一の稼ぎ手という父親の役割は、子供との距離を大きくし、一方母親は孤立して低い自尊心しか持てなくなることが多い。たとえば小さい子供のいる専業主婦は、他の女性集団に比べて鬱状態になりやすい。さらにこういう家庭は、急速な経済変動に適応していくのが大変である。男が一家の稼ぎ手であるという信念を強く持っている親たちは、父親が経済面で困った時、あるいは母親が仕事を見つけなくてはならない事態になった時、深刻なストレスや葛藤を経験しがちである。P240

 上記のようにいう筆者は、むしろ男性が稼ぎ手である1対の男女の家族を、否定的に見ていると言ってもいい。
たくさんの統計資料を駆使しながら、今後の家族が変わる中で、どうしたら多くの人が楽しくやっていけるか、を考えている。

 本サイトが主張する「単家族」もまったく同様である。
家族の変化を不可避のものととらえ、社会の変化に対応するには、どうすればいいかを考えている。
我が国では、男性が稼ぎ手である家族にたいする疑いは、いまだ表面化していない。
女性の自立はまだまだである。
しかし、いずれ情報社会の進展に伴って、否が応でも単家族化するだろう。
論理的な構想力には、やや物足りなさを感じたが、
本書は真摯な目で現状をみており好感が持てた。    (2003.7.4)
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参考:
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
湯沢雍彦「明治の結婚 明治の離婚」角川選書、2005
越智道雄「孤立化する家族」時事通信社、1998
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992年
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002
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S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
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信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
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黒沢隆「個室群住居:崩壊する近代家族と建築的課題」住まいの図書館出版局、1997
E・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、1970
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ジョージ・P・マードック「社会構造 核家族の社会人類学」新泉社、2001
S・ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
石坂晴海「掟やぶりの結婚道」講談社文庫、2002
マーサ・A・ファインマン「家族、積みすぎた方舟」学陽書房、2003
上野千鶴子「家父長制と資本制」岩波書店、1990
斎藤学「家族の闇をさぐる」小学館、2001
斉藤学「「家族」はこわい」新潮文庫、1997
島村八重子、寺田和代「家族と住まない家」春秋社、2004
伊藤淑子「家族の幻影」大正大学出版会、2004
山田昌弘「家族のリストラクチュアリング」新曜社、1999
斉藤環「家族の痕跡」筑摩書房、2006
宮内美沙子「看護婦は家族の代わりになれない」角川文庫、2000
ヘレン・E・フィッシャー「結婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」文藝春秋、2006
速水由紀子「家族卒業」朝日文庫、2003
ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河出書房新社、2004
川村邦光「性家族の誕生」ちくま学芸文庫、2004
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書ラクレ、2001
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
ベティ・フリーダン「ビヨンド ジェンダー」青木書店、2003
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
中村久瑠美「離婚バイブル」文春文庫、2005
佐藤文明「戸籍がつくる差別」現代書館、1984
松原惇子「ひとり家族」文春文庫、1993
森永卓郎「<非婚>のすすめ」講談社現代新書、1997
林秀彦「非婚のすすめ」日本実業出版、1997
伊田広行「シングル単位の社会論」世界思想社、1998
斎藤学「「夫婦」という幻想」祥伝社新書、2009

高倉正樹「赤ちゃんの値段」講談社、2006
デスモンド・モリス「赤ん坊はなぜかわいい?」河出書房新社、1995
ジュディス・リッチ・ハリス「子育ての大誤解」早川書房、2000
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
ウルズラ・ヌーバー「<傷つきやすい子ども>という神話」岩波書店、1997
編・吉廣紀代子「女が子どもを産みたがらない理由」晩成書房、1991
塩倉裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
ピーター・リーライト「子どもを喰う世界」晶文社、1995
ニール・ポストマン「子どもはもういない」新樹社、2001、
杉山幸丸「子殺しの行動学:霊長類社会の維持機構をさぐる」北斗出版、1980
矢野智司「子どもという思想」玉川大学出版部、1995  
瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972年
赤川学「子どもが減って何が悪い」ちくま新書、2004
浜田寿美男「子どものリアリティ 学校のバーチャリティ」岩波書店、2005
本田和子「子どもが忌避される時代」新曜社、2008
鮎川潤「少年犯罪」平凡社新書、2001
小田晋「少年と犯罪」青土社、2002
リチヤード・B・ガートナー「少年への性的虐待」作品社、2005
広岡知彦と「憩いの家」「静かなたたかい」朝日新聞社、1997
高山文彦「地獄の季節」新潮文庫、2001 
マイケル・ルイス「ネクスト」潟Aスペクト、2002
服部雄一「ひきこもりと家族トラウマ」NHK出版、2005
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972
ロイス・R・メリーナ「子どもを迎える人の本」どうぶつ社、2005


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