匠雅音の家族についてのブックレビュー    赤ん坊はなぜかわいい−ベイビー・ウォッチング12か月|デスモンド・モリス

赤ん坊はなぜかわいい?
ベイビー・ウォッチング12か月
お奨度:

著者:デスモンド・モリス−河出書房新社、1995年  ¥1845−

著者の略歴−1928年、イギリスのウィルトシャーに生まれる。バーミンガム大学を卒業後、オクスフォード大学で動物行動学を研究。その後、テレビの動物番組の解説者となる。1959年から67年にかけてはロンドン動物園学芸員として世界最大の哺乳類コレクションの管理責任者を務めた。哺乳類の行動の研究は、モリスを人間の動物学的研究へ向かわせた。1967年に出版した「裸のサル」は大阻な人間論を展開して、世界的なベストセラーとなった。著書に「ドッグ・ウォッチング」「キヤツト・ウォッチング」「アニマル・ウォッチング」などの「動物もの」のはか、「裸のサルjをはじめとする「マンウォッチング」「人間動物園」などの「人間もの」が多くあり、本書もその一環であるが、対象が赤ん坊ということもあって、モリスの目差しはひときわやさしく、慈愛にあふれている。
 厳しい自然の中で生きていくためには、常に競争にさらされ、弱肉強食の掟に追い立てられる。
だから、生き物は自分で生きる力を、かならず何か備えている。
それは生まれてすぐの生き物でも例外ではない。
子馬でも生まれてすぐに立ち上がろうとし、幾らもしないうちに親馬について歩くようになる。
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赤ん坊はなぜかわいい?

 無防備なままでは、ほかの動物から格好の餌食になる。
しかし、人間の赤ん坊は、まったくの無防備である。
しかも、自分で自分のことができるようになるには、数年という長い年月を必要とする。
それのあいだ、誰かが面倒を見ていかなければ、成長することはできない。

 人間の赤ん坊にも、生きる力が備わっているのではないか。
私は、そう考える。それは何か、そう、かわいさである。小さな赤ん坊を見ると、思わず手を差し出したくなるかわいさ、それが赤ん坊の生きる力ではないだろうか。
つまり、人間の赤ん坊は無防備であるが、生きる力がないわけではない。
<かわいさ>という生きる力を神から授かったのだ。
思わず大人が手をだしてしまうかわいさが、赤ん坊の成長を支えてきたのだ。

 本書の筆者は、やはり赤ん坊をかわいいと感じるらしく、なぜかわいいのかを研究の対象にした。
かわいいとは感じるものであり、なかなか文字や数字であらわすことができない。
しかし、感じるものの研究も進んでいるから、赤ん坊のかわいさもやがて究明されるだろう。

 興味をそそる疑問とは、たとえば−。他の動物の子はすんなりと生まれてくるのに、ヒトの出産に大きな困難が伴うのはなぜなのか。ヒトの赤ん坊は、他の動物の子に比べ、どうしてああもよく泣くのか。視覚、聴覚、嗅覚、味覚はどの程度か(よくよく観察してみると、これまで考えられていたよりも、外界に対してはるかに敏感だとわかってくる)授乳、睡眠のサイクルは?夢を見るのか。どんな遊びを好むのか。這いはいはどんなふうに始まるか。ヒトの赤ん坊だけがなぜ、涙を流し、ほほえみ、声を立てて笑うのか。知性のほどは?赤ん坊時代は短縮できるものなのか、それとも、めいめいのペースでもって、段階を踏んでいくべきものなのか。新生児が泳ぐというのは本当か。就寝中の母親は、わが子と他の子の泣き声を聞き分けることができるのか。そして、なにより大切なこと−赤ん坊は、母の愛と安らぎをどこまで求めているのだろう。P9

 上記の問題感心のもと、筆者は赤ん坊の観察を始める。
産声は何のためか、赤ん坊の瞳はなぜ大きい。
赤ん坊は暑がりか寒がりかなどなど、つぎつぎと観察は続く。
もちろん観察だから、いわゆる科学的なのとはいえない。
しかし、すべての科学は観察から始まる。
かわいさという訳の分からないものを、究明するには新たな方法が必要だろう。
就寝中の母親は、わが子と他の子の泣き声を聞き分けることができるのかという疑問には、次のような結論がだされる。

 31人の赤ん坊の泣き声を録音し、眠っている母親たちに順に聞かせて、飛び起きるか、そのまま眠りつづけるかを観察した。結果は驚くべきものだった。

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 出産後わずか3日で、23人ちゅう22人の母親が、就喪中にわが子の泣き声を聞き分けたのだ。ほかの子の泣き声は、それがどんなに悲しげな声であっても、反応はまったくなく、すやすや眠ったままである。ところが、わが子の泣き声がテープから流れると、たちまちぱっちり目を覚ます。P98

 こんな単純な実験だけでは、確定的なことはいえないだろうが、それでも驚くべき結果ではある。
子供を産んだ母親の能力というより、3日間で、母親は赤ん坊に洗脳されたというべきだろう。
赤ん坊のかわいさが、母親に聞き分ける超能力をつくったのである。
 赤ん坊の瞳は大きいが、それに関しておもしろいことを書いている。

 瞳の発するシグナルを母親にはっきりと伝えることがまずは大事で、そのためには、瞳を囲む虹彩の色は淡いほうが望ましい。コントラストがはっきりして、睦の変化がわかりやすい。褐色の虹彩だと、変化がわかりにくくなる。となれば当然、青い日のほうが都合よく、実際、青い日の赤ん坊は圧倒的多数を占める(ただし、これは白色人種の話であって、有色人種の赤ん坊はべつである。有色人種は、もとを辿れば陽射しの強い熱帯地方の住民で、色素沈着がすべての事情に優先する)。
 おもしろいことに、明るく澄んだ虹彩の「ベイビーブルー」は、成長とともに、ほとんどといっていいほど、ブラウンか、他の濃い色に変化する。青い瞳は、赤ん坊が両親の保護を最も必要としているときの、一時付加の特別な魅力である。自分のことは自分でできる歳になると、虹彩の色はしだいに濃くなってゆく。P53


 残念ながら本書だけでは、赤ん坊のかわいさは判らない。
それは当然のことだろう。筆者を責めることは毛頭できない。

 幼児虐待がおきる現在、赤ん坊の存在の究明はほんとうに大切である。
なぜなら、幼児虐待は個々の親にとって、子供がいらなくなったことの表現である。
子供は老後の保障でもなく、労働力でもないとしたら、個々の親にとっては必要不可欠のものではない。
だから子供を、無事に育てる必然性はなくなった。
大人たちはセックスがやめられないから、不要な子供でも生まれてしまう。
子育ては今や趣味である。

 個人レベルにおいてみると、幼児虐待は社会的な必然の結果である。
しかし、社会にとっては子供は不可欠である。
個々の家族が、途絶えるには問題は少ないが、次の社会を担うものがいなかったら、社会は消滅する。
それは困る。
個々の親には必要がなくても、子供は社会の財産である。
かわいい赤ん坊の魅力をもっと語ってもらいたい。
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参考:
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越智道雄「孤立化する家族」時事通信社、1998
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992年
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
賀茂美則「家族革命前夜」集英社、2003
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997
黒沢隆「個室群住居:崩壊する近代家族と建築的課題」住まいの図書館出版局、1997
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ジョージ・P・マードック「社会構造 核家族の社会人類学」新泉社、2001
S・ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
石坂晴海「掟やぶりの結婚道」講談社文庫、2002
マーサ・A・ファインマン「家族、積みすぎた方舟」学陽書房、2003
上野千鶴子「家父長制と資本制」岩波書店、1990
斎藤学「家族の闇をさぐる」小学館、2001
斉藤学「「家族」はこわい」新潮文庫、1997
島村八重子、寺田和代「家族と住まない家」春秋社、2004
伊藤淑子「家族の幻影」大正大学出版会、2004
山田昌弘「家族のリストラクチュアリング」新曜社、1999
斉藤環「家族の痕跡」筑摩書房、2006
宮内美沙子「看護婦は家族の代わりになれない」角川文庫、2000
ヘレン・E・フィッシャー「結婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」文藝春秋、2006
速水由紀子「家族卒業」朝日文庫、2003
ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河出書房新社、2004
川村邦光「性家族の誕生」ちくま学芸文庫、2004
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書ラクレ、2001
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
ベティ・フリーダン「ビヨンド ジェンダー」青木書店、2003
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
中村久瑠美「離婚バイブル」文春文庫、2005
佐藤文明「戸籍がつくる差別」現代書館、1984
松原惇子「ひとり家族」文春文庫、1993
森永卓郎「<非婚>のすすめ」講談社現代新書、1997
林秀彦「非婚のすすめ」日本実業出版、1997
伊田広行「シングル単位の社会論」世界思想社、1998
斎藤学「「夫婦」という幻想」祥伝社新書、2009


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