匠雅音の家族についてのブックレビュー    脱常識の家族づくり|信田さよ子

脱常識の家族づくり お奨度:

著者:信田さよ子(のぶた さよこ)中公新書ラクレ  2001年  ¥680−

著者の略歴− 1946年岐阜県生まれ。1969年お茶の水女子大学文教育学部哲学科卒業。1973年お茶の水女子大学大学院修士課程修了(児童学専攻)。駒木野病院勤務、嗜癖問題臨床研究所(CIAP)付属原宿相談室室長を経て、1995年12月に原宿カウンセリングセンターを開設、所長として現在にいたる。臨床心理士。著書に『愛情という名の支配』新潮OH文庫、『アディクション・アプローチ』医学書院、『一卵性母娘な関係』主婦の友社、『依存症』文春新書、『アダルトチルドレン実践篇』三五館、『アダルトチルドレンという物語』文春文庫など。西山明氏との対談に『家族再生』小学館がある。

 今まで家族=家庭というのは、もっとも安全で、心休まるところと思われてきた。
多くの人が家庭で育ち、家庭の暖かさを語る。
そのため、家庭を作れない人は、何か冷たい場所に追いやられたかに、見られてきた。
しかし、安全で楽しいはずの家庭に、幼児虐待と呼ばれる殺人や家庭内暴力などがはびこり、
いまや危険で生き苦しい場所となってきた。
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 筆者はこうした現状に、既存の家族像の限界を見る。
そして、今までの家族観はもう役に立たないと言う。
今まで常識とされてきた家族観を、ひっくり返してみようと言う。
「親の愛は山よりも高く、海よりも深い」のではなく、「子の愛は山より高く、海より深い」のだと筆者はいう。
私は筆者のこの主張に、全面的に賛成する。

 親の愛が尊ばれたのは、親にとって子供が絶対に必要だったからである。
かつて子供は労働力であり、親の老後を見るために、必要不可欠だった。
だから子供が反抗しないように、親の愛は尊いのだと注入せざるを得なかった。
子供が産まれた本当の理由は、親の愛からではなく、親の性行動からである。
愛がなくても性交すれば、子供は産まれる。
性交に必要なのは、愛ではなく体力である。
親の欲求から子供が産まれたにも関わらず、
子供を親に従わせるために、親孝行を刷り込んだのである。

 今や子供は労働力ではない。
年金や社会福祉が充実し、親世代は充分に蓄財が完了した。
だから、子供は必要不可欠なものではなくなった。
しかし、親は性交するので、子供は産まれてしまう。
不要な子供が産まれるにもかかわらず、親の愛を押し売りするのだから、無理な話である。
子供は産まれることを選べないし、子供のほうに生まれる理由はない。

 今日では、子供にはたくさんのお金がかかる。
子供を持ったことによる、経済的な見返りは何もない。
にもかかわらず子供が産まれる。
子供が産まれる理由は、かつてとはまったく違ってしまった。
今日の子供の意味とは、親にとって精神的な癒しの対象として、
つまり親の愛玩物として誕生する。
子供によって親が癒されるとすれば、「子の愛は山より高く、海より深い」のは、まったく当然のことである。

 筆者は現在の精神分析にも、厳しい目を向ける。
古典的な精神病には、精神科医の活動は有効かもしれないが、現代の心の病=依存症には、精神分析はまったく無力である。
                                    
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 依存症というものに対して、精神病院で精神科医が自分は肘つきの椅子に座って、患者さんを丸い椅子に座らせて、「君、いつから薬やってんだね」などと言うような、精神病院の体制というものに、私は常々大きな怒りを感じています。ですから、精神医療、精神科医とは異なった依存症のとらえ方はできないだろうかとずっと考えてきました。P40

 患者と医者の関係は、支配・被支配の関係であるという。
支配とは強権的なものだけではない。相手を思いやる親切な心によっても、支配は生まれる。
親切心から生まれる支配は、たちが悪い。

 (他人を救いたがる人たちの)エネルギー、パワーはどこから出ているのだろう。一言で言えば、それは「支配の快感」である。(中略)
 所有、つまり「あなたは私のもの」と感じることはなんと快感に満ちていることだろう。アルコール依存症の妻たちは苦労に満ちた顔をしているようだが、一皮向けば「あの夫は私がいなければ生きてはいけないのだ」という確信に満ちている。E子さんがなぜあのように取りつかれたように、夫を救済することに汲々としたのかといえば、それは夫をAC(アダルトチルドレン)であると定義づけ、成育歴を洗い出すことで、夫の最大の理解者になり、夫の救済者になる、つまり夫を自分の掌中に収めて所有することを望んでいたのだ。(中略)
 人は他者を殴ったり、強制したりして思い通りに支配する。DV(ドメスティック・バイオレンス)がその典型だ。しかし、それは支配のごく一部にしか過ぎないということを思い知らされる。E子さんや多くのアルコール依存症の妻たちのように、また不幸な人を救いたがる人たちのように、人は相手を救う側にまわることによっても、支配し所有していくのだ。
 DVの被害者も何かを奪われている。それは当然のこととして理解しやすい。しかし、人は救われることで、実は何かを奪われているとしたら……。援助とは、看護とは、このような支配と無関係ではありえない。P130

 筆者の認識は、鋭く深い。
おそらく筆者と同質の視点だけが、依存症の解決に有効であろう。
その意味では、現代の家族に対する指針として、本書は希有のものである。
しかし、精神分析が保守的であるように、筆者のカウンセリングもまた保守的なものだ。
カウンセリングは患者を個別的に救済できるかもしれないが、カウンセリングがまた新たに患者をうみもする。

 苦悩する人は現状から逸脱して、適合できないことに悩んでいる。
いくら逸脱しても、苦悩していなければ、治療の対象にはならない。
彼(女)らは、自らを現状に適合させようとするがゆえに、現状を肯定せざるを得ない。
現状を認めなければ、自分を適合させようとは思えない。
筆者の行動も、現状を肯定せざるを得ないがゆえに、保守的であるのは不可避である。

 筆者がいう「脱常識の家族づくり」とは、核家族的常識の否定に他ならない。
大家族から核家族への転換期にも、大家族の常識を否定する動きがあった。
当時も、戸主は偉いという常識を否定した。
大家族からの「脱常識の家族づくり」が、当時は求められたのである。
現在は、核家族から「単家族」へと転換しているので、核家族の常識が否定されているに過ぎない。
筆者の認識が、核家族から単家族への転換に至れば、本書はより一般性をもって、説得力を増すであろう。
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参考:
湯沢雍彦「明治の結婚 明治の離婚」角川選書、2005
越智道雄「孤立化する家族」時事通信社、1998
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992年
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
賀茂美則「家族革命前夜」集英社、2003
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997
黒沢隆「個室群住居:崩壊する近代家族と建築的課題」住まいの図書館出版局、1997
E・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、1970
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
ジョージ・P・マードック「社会構造 核家族の社会人類学」新泉社、2001
S・ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
石坂晴海「掟やぶりの結婚道」講談社文庫、2002
マーサ・A・ファインマン「家族、積みすぎた方舟」学陽書房、2003
上野千鶴子「家父長制と資本制」岩波書店、1990
斎藤学「家族の闇をさぐる」小学館、2001
斉藤学「「家族」はこわい」新潮文庫、1997
島村八重子、寺田和代「家族と住まない家」春秋社、2004
伊藤淑子「家族の幻影」大正大学出版会、2004
山田昌弘「家族のリストラクチュアリング」新曜社、1999
斉藤環「家族の痕跡」筑摩書房、2006
宮内美沙子「看護婦は家族の代わりになれない」角川文庫、2000
ヘレン・E・フィッシャー「結婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」文藝春秋、2006
速水由紀子「家族卒業」朝日文庫、2003
ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河出書房新社、2004
川村邦光「性家族の誕生」ちくま学芸文庫、2004
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書ラクレ、2001
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
ベティ・フリーダン「ビヨンド ジェンダー」青木書店、2003
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
中村久瑠美「離婚バイブル」文春文庫、2005
佐藤文明「戸籍がつくる差別」現代書館、1984
松原惇子「ひとり家族」文春文庫、1993
森永卓郎「<非婚>のすすめ」講談社現代新書、1997
林秀彦「非婚のすすめ」日本実業出版、1997
伊田広行「シングル単位の社会論」世界思想社、1998
斎藤学「「夫婦」という幻想」祥伝社新書、2009

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