匠雅音の家族についてのブックレビュー    コールガール−私は大学教師(プロフェッサー)、そして売春婦|ジャネット・エンジェル

コールガール
私は大学教師(プロフェッサー)、そして売春婦
お奨度:

著者:ジャネット・エンジェル   筑摩書房、2006年    ¥2200−

 著者の略歴−フランス人を父に、アメリカ人を母としてフランスのアンジェで生まれる。バカロレアに合格し、アンジェ・カトリック大学で神学学士号を取得したのち、21歳で渡米。フィッチバーグ州立大学で歴史学学士、イェール大学で神学修士、ボストン大学で人類学博士号を取得するなど、計四つの学位を得た。そののち教師としてのキャリアを積む中で、ハーヴァード大学、マサチューセッツ工科大学(MIT)、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスなど英米の一流大学でも、社会学、歴史学、宗教学、人類学などの、講義、講座、ワークショップなどを行った経験を持つ。 34歳のとき、同棲していた恋人が、彼女の銀行預金をすべて引き出して逃走。経済的に追い詰められているとき、エスコートサービスで働く女性を募集する広告に出会い、そこに苦境を抜け出す活路を見いだす。以後、3年間、昼はカレッジで教え、夜はコールガールとして稼ぐ、という二重生活がつづいた。

 なんと幸運な人だろうか。
当時、筆者は終身在職権の獲得を目指していた。
だから、大学での仕事のほうが、はるかに大切だったはずである。
にもかかわらず、34歳から3年間、昼は大学講師をし、夜は売春婦をしていた。
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 筆者自身も、学生にレポートの形式を指定し、それに従わない学生には、零点をつけている。
だから、常識のなんたるかを知っている。
現在の大学システムが、売春婦をサイド・ビジネスとしている女性に、終身在職権を与えるとは思っていないだろう。
両者はニュワンスは違うかも知れないが、常識の壁はとてつもなく大きいのだ。

 だいたい肉体労働は、若いときが盛りである。
とりわけ売春のように、もろに身体を売る仕事は、花の命がきわめて短い。
筆者が若くづくりに見えたとしても、40歳をすぎて何年もできる仕事ではない。
生涯賃金をくらべれば、堅気の仕事のほうが、はるかに大きな稼ぎになる。
大学での堅気の仕事が、自分の本業でありながら、売春に手をだすのは危険きわまりない。
現在の売春は、割りの悪い商売である。

 売春婦を蔑視していうのではない。
売春はたいした稼ぎにはならない。
多くの人がなぜ職人をえらばずに、会社員になっていくかといえば、職人より会社員のほうが、生涯賃金が高いからだ。
大工は高齢になっても可能だが、それでも加齢とともに稼ぎはへってくる。
加齢とともに賃金がへるのは、売春のほうがはるかに急激だろう。
年老いた売春婦には、誰もふりむかない。
だから売春は美味しい職業ではない。

 売春をセックス・ワークとして、プライドをもってやるならともかく、売春は低賃金の仕事である。
それでも、売春をえらぶ女性と男性には、適正な労働環境が用意されるべきだと思う。
まずなによりも、売春を合法化することだ。
そして、売春婦(夫)からもきちんと税金をとって、保険にも年金にも加入させることだ。

 とまあ、現状では不可能なことをいっているが、本書は幸運な女性の記録だ。
筆者もいうように、ピーチというコールガール派遣組織のマダムが、女性たちを商品としてだけではなく、人間としてあつかっていた。
売春婦としては、それが何よりも、希有で幸運な環境だった。

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 アメリカでは、ふつう売春婦というと、けばけばしい化粧と、短くぴちぴちのスカートという独特の姿をしている。
彼女たちは街娼とよばれ、きわめて安い値段で男性に応じている。
筆者がやったのは、1時間200ドルという、もうワンランク上の売春婦である。
この上には、1デートで1000ドルという売春婦がいる。
ちなみに彼女が大学で得ていた給料は、週1時間の授業で3ヶ月の収入は1300ドルだった、という。
1ヶ月に換算すると433ドルである。
 
 ピーチという女性が経営するコールガール派遣組織、すなわちエージェンシーは、ランクで言えば中級程度といったところだろうか。このランクをどう説明すればいいのだろう? たとえば、ロックコンサートが街であったとすれば、ピーチの客となるのは、ロックスター本人ではなく、その取り巻きたちだった。会社経営者の客もいたが、必ずしも世間に名を知られた会社ではない。(フォーシーズンズ・ホテル)の高層階に住む客はいても、格式高い(カスタム・ハウス)の客はいない。手っ取り早く車のなかでしゃぶれと要求するような客はけっして取らないが、バハマに行くから一週間女の子を都合してほしい、という依頼もめったにない。P4

 筆者は、仕事としてのセックスと、恋人とのセックスをきっちりと分けているという。
そのため、職業も自宅の電話も教えないという。
が、本書を読んでいるかぎり、ガードが低くてハラハラすることしきりである。

 アメリカでは麻薬が、日本よりはるかに深刻である。
ふつうの人が、ふつうの生活をする傍らに、麻薬が溢れている。
我が国でも、覚醒剤がはびこっているが、そんな比ではない。
大学の教員だった筆者も、以前からコカインをやっていたし、麻薬はごく日常になっている。
麻薬におぼれていく人間もいるが、麻薬と共存している人が多い。
そんな感じだろう。

 ところで売春は、堅気の女性を守るためのものだ。
だから、良識ある社会や警察は、売春婦に人格や人権があるなど想像だにしない。
アメリカでは売春が非合法で、売春婦へのストレスがとてつもなく大きい。
売春婦が麻薬に染まっていくのは、なかば職業病のようなものだ。
ソフィーという友達の売春婦が、麻薬におぼれていく様が、実にリアルに書かれている。
共依存になっていく筆者に、やり切れなくなってしまう。

 筆者の客となる人種について、次のように記している。

 わたしたちの客の多くが、このニーダムのような郊外の街に住んでいた。彼らは郊外の成功物語の主人公でありながら、心に空洞をかかえ、その内なる不幸に手をこまねいていた。男なら当然のことだが、まずはその空洞を性的な事柄によって埋めようとする。その一方、週末のたびに裏庭で1950年代もどきのバーベキュー・パーティーを繰り返し、ほかの日々は仕事に精を出す。子どもたちのあまたのスポーツ大会や練習に参加し、妻に引っ張られてPTAの会合や近所のカクテル・パーティーや教会のチャリティ・バザーにも顔を出す。彼らの悲劇は、この一見幸福そうな図式のどこかにまちがいがあると気づく賢さを持ちながら、それと正面切って向き合うだけの度胸がないということだ。P196

 現在の筆者は、大学から遠ざかり、小説家として生計をたてているらしい。
そして、結婚して男性を一人確保している。
彼女のダンナは、過去の職業を知っており、
<熟練したプロの技術を、家庭で試してみませんか>で結婚したと友人たちにいう、と冗談をめかして言うらしい。
幸運である。

 個々のケースは、それなりにそれなりであり、とくべつに驚かされるものはない。
核家族は破綻している、と確認できるだけだ。
小説家だけあって、文章はなかなかに読ませるし、物語の展開も上手い。
女性の自立を背景にした、セックス・ワーカーの台頭が本書の裏にはあるのだろう。
我が国の女性学者が、こうした取り組みをするのは、いつの日だろうか。 
 (2007.02.28)
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参考:
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991

ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001
山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999

謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト幻冬舎文庫、2002

プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
白倉敬彦「江戸の春画」洋泉社、2002
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002

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