著者の略歴− バーン・ブーローは,歴史学の権成であり,バッファローにあるニューヨーク州立大学の,自然科学及び社会科学部の前学部長。カリフォルニア大学ノースリッジ枚のセックス・リサーチ・センターの設立者でもある。ボニー・ブーローは,同じくニューヨーク州立大学看菱学部の前学部長。ニューヨーク州看護従事者連盟の会長でもある。二人での共著のほか、それぞれ,専門分野での著書も多い。最近では、二人の共著「Contraception:A Guide to BirthControl Methods」が話題になっている。 今日でこそ、売春婦をセックスワーカーととらえて、売春を肯定する意見が多くなったきた。 しかし、まだまだ多くの人々は売春を否定的にみているし、 わが国のフェミニストにいたっては大反対の合唱である。 彼女たちは、売春婦の人格さえ認めようとはしない。 アメリカでは1987年に出版された本書の結論は、つぎの言葉である。
売春問題の明白な解決法と思われるのは、大人が合意のうえで行なう性行為を、金銭の授受のあるなしにかかわらず合法と認めることである。P485 先進国においては、売春はいまやみずからの意志で選択された職業である。 強制的に売春させられることは、もちろん否定されるが、 自発的な売春は肯定されるというのが大勢である。 売春と一口にいうが、歴史的には売春の定義はむずしい。 報酬をもらって肉体交渉をするにしても、 1夫1婦的な結婚制度がきっちりと確立しておらず、婚外交渉が自由になされる社会では、それを売春とよんでよいのか。 それは短期の結婚もしくは同棲かもしれない。 また、現在の売春は性的な不品行とみなされているが、 かつてのそれは高貴な女性とかんがえられたケースもあった。 売春が性的な放縦につながるとは限らない。 だから、筆者はつぎのように考える。 売春というものはあきらか性交渉、女性の処女性、女性の姦通などにたいする宗教的見解や哲学的仮説と結びついている。女性のヴアージニティが称えられ、女性の不義密通が罰せられる社会のほうが、おそらく制度化された売春もさかんに行なわれているのではないかと思われる。売春はまた結婚のパターンとも閑係があり、女性たちのあいだで結婚が、むずかしいが非常に価値のあるものとされているようなときは、たぶん売春の発生率も高くなるだろう。P38 といって、筆者は古代オリエントから分析をはじめていく。 ギリシャ人たちは、ヘタイラという高級売春婦をうみだしたが、ローマ人たちは娼婦の地位をさげた。 しかし、マッチョな男性がもてはやされた古代ギリシャは、男性支配がつよかった。 だから、堅気の女性が社会で活動することは少なく、 社会で活動する女性はそのまま売春婦を意味しがちだった。 つまり、売春婦以外の女性は、家事労働の専従者だった。 キリスト教とイスラムのちがい、インドや中国の売春観を分析したあと、中世ヨーロッパの売春をみる。 この頃から、男女の2重規範がはっきりと登場し、 女性の売春には金銭のうけわたしよりも、淫蕩さを悪いものとして重視した。 15〜6世紀にかけての宗教改革と梅毒の流行は、売春にも影響をあたえた。 今日では梅毒といっても、それほどの脅威を感じないが、当時は死の病でありきわめて恐ろしいものだった。 17〜8世紀にかけては絶対王制がひかれたが、 王侯貴族たちはきそって才媛をかこい、庶民のあいだでは娼館が大流行した。 そのご、女性たちの体をつかった出世物語がたくさんうまれる。 いずれにせよ当時は売春婦ではなくとも、人格などというものはなかった。 そのため、貧乏になることが社会的な劣者になることだった。 しかし近代化の進展は、女性たちの意識をかえていく。 避妊方法の発達は、女性の意識をかえ、産児制限と売春制度の撤廃運動がたかまる。 20世紀にかけて西洋では、売春を目的とした白人女性の売買が行われ、 大きな社会問題となる。そして、警察と手をくんだ売春組織と廃娼運動の対決がはじまる。 厳格な婚姻制度が確立し、性習慣が閉鎖的であればあるほど、制度的売春はおおくなる。 女性の貞操をうるさくいう親や夫ほど、売春制度をうみだしやすいのである。 しかし、性習慣が開放的になったので、組織売春はそれほど儲かるものではなくなった。 売春も社会的な産物であり、その社会の男女関係のありようが売春を決めるのである。 だから女性の職業がない社会では、売春は女性が社会的な成功をおさめる数少ない方法である。 離婚が簡単で、女性が結婚に代わる職業を見つけることができる社会ほど、売春は少なくなる。 売春は男性の意識の問題ではなく、女性の経済の問題なのである。 だから、売春婦が奴隷でもなく、永久に烙印を押される職業でもなかった時代には、 女性たちが一時的に売春をしていたことがあった。 そして後年、彼女たちは著名になっていった。 それは彼女のたちの不名誉でもなければ、汚点でもなかった。 わが国でも、明治の元勲の連れ合いの多くが、芸者っだことは有名である。 以上のように論理が展開すれば、自発的な売春を肯定し、 売春は特別に蔑視するものでもない、という結論になるのは自然である。 今日でも、売春は存在するが、 先進国におけるそれと、途上国におけるそれは、違う捉え方をしなければならない、と思う。 先進国においては、アメリカのコヨーテのような主張のほうが賛同しうる。 しかし、途上国では圧倒的な貧困から、身売りさざるをえないのであって、 ここでは管理売春が行われている。 管理売春は認めることはできないが、だからといって買春を止めればすむという問題ではない。 むしろ彼女たちの売り上げがなくなり、生活できなくなってしまう。 やはり、経済的な環境を向上させること以外には、彼女たちのプライドを回復する道はないだろう。 参考: J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957 岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972 S・メルシオール=ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001 顧蓉、葛金芳「宦官 中国四千年を操った異形の集団」徳間文庫、2000 フラン・P・ホスケン「女子割礼:因習に呪縛される女性の性と人権」明石書店、1993 エヴァ・C・クールズ「ファロスの王国 T・U 古代ギリシャの性の政治学」岩波書店、1989 田中優子「張形 江戸をんなの性」河出書房新社、1999 フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991 ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001 オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992 石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002 梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001 山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999 謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960 清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002 プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002 生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002 赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984 生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002 福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983 田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999 佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995 アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989 カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995 シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001 シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000 アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991 曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003 アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002 バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991 編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005 エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992 正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004 ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006 ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006 菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000 ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997 ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001 ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」 KKベストセラーズ、2006 松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003 ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985 謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960 山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999 ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001 赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996 佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996 ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969 田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004 ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000 酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005 大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006 アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006 石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008 石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995 佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999 生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002 村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994 岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009 ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003 メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009 イヴ・エンスラー「ヴァギナ・モノローグ」白水社、2002 橋本秀雄「男でも女でもない性」青弓社、1998 エヴァ・C・クールズ「ファロスの王国」岩波書店、1989 岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999 能町みね子「オカマだけどOLやってます」文春文庫、2009 島田佳奈「人のオトコを奪る方法」大和文庫、2007 工藤美代子「快楽(けらく)」中公文庫、2006
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