著者の略歴− 1897〜1957年 オーストリア帝国のガリシア地方に生まれた。1918年ウィーン大学法学部に入学するが、医学部に転じる。1922年に卒業し、大学病院で勤務医を勤める。1922〜28年まで、フロイトの助手を務めるが、決裂する。1930年代には、多くの著作を手がける。晩年はアメリカのペンシルバニア、レビスバーグ刑務所に収監され、獄中にて死亡した。著作:「青年の性的闘争」イザラ書房、1972 「性道徳の出現」情況出版、1972 「ファシズムの大衆心理 上・下」せりか書房、 1970 「オルガズムの機能 上・下」太平出版社、1970 1960年代の後半、学生たちの運動が高揚していた。 チャップリンが映画「モダン・タイムス」で描くように、 現代社会では職業の専門化・細分化が要求されて、人間は部分的な歯車としてしか働けなくなっている。 学問は細分化し、大学は専門馬鹿を養成する機関になっている。 高度な専門性を確保しながら、人間の豊かな全体性をどう確保するか、と私たちは苦悩していた。 いつも本を抱えて歩き、寸暇の時間を惜しんで考えていた。 大学内の運動は、やがて街へと広がっていった。 街頭で機動隊とわたりあい、多くの場合は敗れて大学へ戻る。 そんな毎日だった。 学生運動のなかで私は自由を求め、誰でもが等価で平等な関係を求めて、呻吟していた。 しかし気がつくと、女性たちは機動隊とわたりあうことはなく、救援対策などの裏方に専念していた。
考えてみれば、機動隊も同様だった。 機動隊の隊員たちも、街頭での勤務が終われば、家庭にもどる。 家庭では奥さんという名の女性が、機動隊員の昼間の働きを支えていた。 反乱する学生も機動隊員も、何ら変わらないことに愕然となった。 性別による役割分担が貫徹し、ともに男性が表で活動し、女性が裏方でそれを支える。 機動隊と学生に何の変わるところがない。 この事実から、私は男女の関係性の探求へと進むことになったが、そのきっかけになったのは、本書を初めとするライヒの書物だった。 性経済が男女関係をも規定する、という記述はとても新鮮だった。 われわれの生き方の革命は、われわれの情緒的な社会的な経済的な存在のしかたの根底にまでゆきわたる。 とくに家族生活、この社会の情緒的なアキレスのかかとにおこった革命は、すごい混乱をおこしている。どうしてこの革命がそんなに混乱させているかというと、むかしの家父長制からひきつづいた権威主義的な家族の構造が基底からゆすぶられ、よりよい自然な家族のかたちに道をあけようとする過程にあるからで、また社会がこのなりゆきを阻止しそこなっているからだ。この本は、自然な家族関係について語るものではなくて、権威主義的なおしつけがましい家族の形式を攻撃するのだ。権威主義的な家族は、硬直した法律と反動的な人間の性格構造と非合理的な世論によって維持されている。(第3版への序) これは1990年代のフェミニストの言葉ではない。 1930年に男性によって書かれているのだ。 筆者は、性意識の変遷をのべる。 15年か20年前には、未婚の女性が処女でないことは恥だった。 しかし今日では、20歳になっても、処女であるのは恥になった。 婚外性交は2・3年前まで悪徳だったが、いまでは普通のことである、と筆者はいう。 本書に出会った時代を想像して欲しい。 われわれがぶちこわしたいのは、家庭ではなく、家庭がうみだした憎しみ、つまり、そと目には「愛」をよそおっているかも知れない強制なのだ。P31 相続法と生殖とがむすびつけられたことによって、結婚の問題と性の問題は、ほとんどひとつの問題になってしまった。ふたりの人間が性的に結合することは、もうただの性のことがらではなくなった。女性の側が結婚以外の関係で貞節をまもり夫婦の忠誠をつくすなんていうことは、性をかなりの程度まで抑圧しなければ、ながつづきしない。P38 ながつづきする性関係の社会的な必要条件は、女性の経済的独立、社会による子供の養育と教育、経済的な利害の妨害がないこと、などだろう。P129 性を否定する性教育は、死ぬまでの一夫一婦の結婚という立場からは、まったくすじのとおったものだ。逆に、結婚にエロティシズムを要求することは、結婚のイデオロギーに矛盾するのだ。P157 政治的な革新を謳うことは、比較的に簡単である。 政治の解放は、部分に過ぎない。 だから男尊女卑を是としながら、革新を名のることは可能である。 政治的な進歩主義者が、日常生活では極め付きの保守であることはいくらでもある。 過激に闘われた学生運動のなかにも、日常感覚の保守主義者は男女ともにたくさんいた。 性の解放は、人間の全体像にかかわることである。 真の革新でいなければ、その実践は不可能である。 通常、一夫一婦制は一対の男女の組み合わせと考えるが、筆者は<死ぬまでの一夫一婦の結婚>という言葉を使う。 性交は一対の男女間でなされるから、一夫一婦制へと帰結しやすい。 しかし、一対の男女の性関係が問題なのではなく、それが終生にわたるように強制されることだ。 終生の一夫一婦制を批判する目を、ライヒの著作から学んだといっても過言ではない。 そして、性の快楽を追求することは、素晴らしいことだと教えられた。 その後、性に対する姿勢が、革新か保守の分かれ道だ、と考えるようになった。 性の享楽を賛美しないわが国のフェミニズムは、本当に革新なのだろうか、としばし疑問に思うようになった。 大学フェミニズム批判の芽は、すでにこのあたりにあったようだ。 恋愛から結婚への流れは不自然である。 同棲=事実婚のほうが良いのではないか。 籍を入れて、同じ名前を名のる婚姻制度に、疑問をもったのもこの頃である。 今でこそ女性たちが夫婦別姓というが、 1970年当時、籍を入れない男性は無責任だと、事実婚を非難したのは女性が多かった。 女性の経済的な自立が、まだ困難だったからである。 性の解放は、人間のエネルギーを解放することであり、体制にとっては必ずしも歓迎することではない。 それは支配体制にとってのみならず、秩序を維持したいものにとっては、性の解放にふれたくない。 秩序の維持と性のエネルギーは両立しない。 だから、親子間の権力秩序を維持したい親たちは、中学生くらいの子供たちが性交するのを、直視しようとはしない。 体制化したフェミニズムという秩序にとっても、性のエネルギーは脅威であろう。 性の解放はフェミニズム運動を統御不能にさせかねない。 だから、性交の快楽を語るより、性病の危険性を声高に訴え、女性たちを性交から遠ざけようとする。 そして、性交の低年齢化を、否定的に見る。 いつの時代にも指導者にとって、性の解放はアンタッチャブルである。 筆者はナチ政権の樹立とともに北欧に亡命したが、そこでも伝統的な道徳主義からの批判にさらされた。 1939年にアメリカに移住するが、そこでも非難は静まらず、彼の著作は発禁処分になる。 そして、彼は投獄され、1957年に獄死した。 家族を考える上で、岡田秀子の「反結婚論」とともに、本書は必読であろう。 (2003.5.9) 感想・ご意見などを掲示板にどうぞ 参考: 岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999 フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991 ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001 オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992 石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002 梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001 山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999 謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960 清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002 プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002 生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002 赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984 生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002 福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983 田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999 佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995 アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989 カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995 シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001 シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000 アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991 曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003 アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002 バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991 編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005 エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992 正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004 ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006 ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006 菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000 ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997 ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001 ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」KKベストセラーズ、2006 松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003 ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985 謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960 山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999 ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001 赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996 佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996 ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969 田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004 ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000 酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005 大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006 アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006 石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008 石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995 佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999 生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002 村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994 岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009 ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003 メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009 白倉敬彦「江戸の春画」洋泉社、2002 田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999 パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002 匠雅音「性差を超えて」新泉社、1992
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