匠雅音の家族についてのブックレビュー     娼婦|アラン・コルバン

娼 婦 お奨度:

著者:アラン・コルバン 藤原書店、1991年   ¥7、800−

著者の略歴− 1936年フランス、オルヌ県に生まれる。カーン大学卒業後、1959年に歴史の教授資格取得。リモージュのリセで教えた後、トゥールのフランソワ・ラブレー大学教授、1972〜86年まで現代史を担当。1987年よりパリ第一大学(ソルボンヌ)教授。モーリス・アギュロンの後を継いで19世紀史を担当。著書:「においの歴史−臭覚と社会的想像力」藤原書店、「空虚のテリトリー−西欧と浜辺への欲望(1750−1840)」藤原書店、「人食いの村」藤原書店
 売春は女性差別の象徴であり、買春をする男性は人非人だと、女性運動家はいってきた。
廃娼運動はかつての女性運動のなかで、大きな位置を占めていた。
貧困により苦界に身を沈める、といった表現がまかりとおった時代、売春婦になることは厳しいことだったろう。
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 普通の女性たちが、売春婦を下に見たのだから、売春婦は差別される者の象徴だった。
しかし、現在ではいささか事情が違っている。
本書は、フランスでの売春婦についてのべたもので、600ページの大著である。

 売春婦について著作をものにすることは、かつてならありえなかった。
売春婦は学者の興味の対象にはならなかった。
しかし筆者は、19世紀の売春の歴史は、この時代を理解するための最適の道の一つである、と確信している。
売春をめぐる言説は、集団的な狂気つまり社会不安の交差点だ、といっている。
 
 二重の変化、つまり売春の状況が閉鎖的娼家から自由な娼家へ変化したこと、および娼家が性欲の排泄場から粋な好色趣味の場へ変化したことは、性に対する需要の二重の変化に対応している。すなわち、社会全体の人びとに誘惑という行為が新しい必要物とされるようになったこと、これまでは貴族やブルジョワなど少数の特権的な人びとだけが探求していた性を満足させるやり方が求められだしたことである。P176

 わが国に当てはめてみると、娼家が性欲の排泄場から粋な好色趣味の場へ変化したのは、江戸時代の中期である。
この時代には、売春が現在とは異なったものだった。

 公認の閉鎖的な娼家に反対する公娼制廃止論者らの活動が生まれ発展するようになるのは、1870〜1880年代の終りを待たねばならない。それは、まさに、閉鎖的娼家の没落が大々的に始まり、目につくようになった時期である。嬉家に反対する言説は、すでに行動として表現されていたことを遅まきながら反映したものにすぎないように思われる。P176

 社会はその時代が解決できることだけを解決する。
正義感だけでは問題は解決しない。
売春もまったく同じだった。
人身売買や強制的な売春を撲滅するには、貧困の退治以外に道はなかった。
売春は女性差別と言うより、貧困の問題だった。
豊かな社会になって、強制的な売春は姿を消した。

 その社会が肉体労働を優位としている限り、女性の台頭を促しても、それは不可能である。
頭脳労働が優位する段階にきて、はじめて女性の社会進出が始まるのだ。
それまでは女性たちも社会的な劣者でいることに甘んじる。
肉体労働の優位する社会では、女性は社会的な劣者でいるほうが、むしろ有利である。

 労働者階級の男たちが性のはけ口としての売春をもはや必要としなくなったことにより、売春は、それまで社会からはっきり疎外されていた彼らにまがりなりにも満足を与えるというとっておきの役割を奪われたのある。そして、売春婦は増殖しつつあるが、窮屈な性のモデルに縛られているブルジョワを客として、次第に世間一般とは一線を画し、特殊な存在へと移行する。売春の機能が変わり、売春婦も姿を変える。この大きな動きこそ、都市社会のただ中で発展する資本主義の構造の新たな段階をまさしく反映していたのである。P265
 
と筆者が書くのは、1880〜1930年頃の話である。
今からは信じられない話だが、
労働者階級の家庭を守るために、女性労働者の数を減らすことが、社会主義運動のなかで決議されたりした。
道徳推進として女性の人身売買禁止が、貴族や大ブルジョワたちの発議によってはじまった。
そのため、社会主義の運動家は、女性解放に冷淡だった。

 現在でも、フランスには売春婦はいるし、売春が禁止されているわけではない。
わが国では、売春は禁止されているが、売春行為は依然として行われている。
しかし、現在の売春は当人の自由意志に基づくようになっている。
先進国においては、もはや人身売買はない。
そこで、本書の結論は、次のようになってくる。

 自慰や手淫、婚前の性交渉や同性愛、そして数々の避妊方法が快楽を一層容易にしてくれる今日に、金銭で買う愛を自由に行うことを社会が認める状態になっているかどうかを知ること、それがこれからの問題なのである。言い換えれば、女性に売春の権利を認めるかどうか、金銭を払うことで、持続的な一切の契約から解放されて、ある瞬間一時的な結合を持ちたいと願う者同士がカップルを組める自由を、社会が認めるかどうかという問題である。P495

 売春婦は終生の一夫一婦制に反する存在である。
売春婦という女性自身に、経済力があるという理由で、彼女たちを敵とするのは専業主婦である。
専業主婦を支持基盤とするわが国のフェミニズムは、女性の売春権を認めることができない。
むしろ働く男性や働く女性たちこそ、売春婦の味方になる。

 身体をつかってかせごうとも、頭脳を使ってかせごうとも、ともに労働者であることに変わりはない。
今日の先進国では、貧困から売春に転落する状況ではない。
女性の自由な職業選択の結果として、売春は存在する。
それゆえ本サイトは、売春権を認める立場である。
先進国における売春は、公明正大に認められるべきだと考える。
(2003.5.23)
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参考:
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編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
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ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」KKベストセラーズ、2006
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謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
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佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
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パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002

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