匠雅音の家族についてのブックレビュー     フーゾク進化論|岩永文夫

フーゾク進化論 お奨度:

著者:岩永文夫(いわなが ふみお)  平凡社新書 2009年  ¥800−

著者の略歴−1948年東京生まれ。風俗評論家。明治大学除籍。『新譜ジャーナル』編集長を経て、音楽評論、レコード・プロデュースなどを手がけ、80年代より夕刊紙、週刊誌等の風俗評論で活躍。著書に『フーゾウの経済学』(ワニのNEW新書)、『フーゾク儲けのからくり』(前書の増補版、ワニ文庫)、『エッチ産業の経済学』(インデックス・コミュニケーションズ)、『ザ・ストリップ−華麗なる裸の文化史』(DVDブック、日本ジャーナル出版)などがある。
 売春は大昔からあった、と人はいう。
しかし、女性の身体を売春婦として、有償で提供されるようになったのは、そう昔からではない。
女性が自分の身体を対価にしようとも、貧しい社会では不可能である。
農業が主な産業だった時代、売春業は交通の要所、つまり都市部でだけ成り立った。
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 男女の対の排他性がゆるく、好きあった者同士が容易に結びつける社会では、性行為が有償になりにくい。
性行為が有償になったのは、男性が自分の子供の父親を確認するため、女性を独占的に所有するようになってからだ。
もっといえば、結婚制度が一夫一婦制を強めてから、女性が身体を売ることが業となりえた。

 一夫一婦制の縛りがゆるかった江戸時代まで、売春が悪であるという意識は薄かったし、売春婦に対する差別意識も少なかった。
社会が貧しかったので、人身売買のすえに、苦界に身を沈めざるを得ない女性もあった。
しかし、遊女になっても年期があければ、堅気になって結婚もできた。

 近代になって、核家族化が進行するにつれ、男女の対関係が排他的になった。
一夫一婦制の確立とともに、売春が業として大きくなっていく。
と同時に、売春は醜業と呼ばれるようになり、売春婦は醜婦とよばれて、蔑視されるようになっていく。
そして、若者が結婚しなくなった現在、男女の排他的な対関係がうすれ、性行為を有償とする契機がへってきた。

 かつて風俗と書かれたものが、フーゾクとカタカナ書きになって久しい。
本書は、フーゾクの出発を、1945年8月26日に設立されたRAA(特殊慰安施設協会)に求める。
国家が売春組織を作ったのは前代未聞であり、同じ敗戦国であるドイツでは、連合国の将兵に身を売る女性は、厳しい仕打ちにあったという。

 つい十数日前までは「鬼だ畜生だ」と呼んでいた敵国の兵隊に向けて、”大和撫子”の肉体を平然と提供する組織を戦争に負けるや間髪を入れぬ手際で作りあげてしまう作業に参画したのは、時の内務省をはじめ外務省、大蔵省、運輸省、さらには東京都、警視庁などの錚々たる面々である。なかでも組織立ちあげの時の資金面での調達に大きく力があったのは、後に内閣総理大臣にもなった池田勇人だといわれている。P25

 1946年、占領軍によって、公娼制度が廃止される。
これによって、人身売買による売春は禁止された。
しかし、男女の対関係が、排他的な工業社会の時代である。
性行為の提供は、稼げる仕事だった。
公娼にかわって赤線ができる。

 鳴り物入りで設立されたRAAだったが、半年後の1946年3月1日で閉鎖されると、RAAで働いた女性も赤線へと流れた。
いまだ生活は苦しかったが、強制的な人身売買によって遊郭に送られるのとは違って、赤線は自発的に入った女性たちが多かったらしい。
公娼制度下の遊郭から赤線への変化は、そこで働く女性たちの変化となって表れた、という。
つまり売春街が明るくなったのである。

 その後の核家族化の進行は、性道徳のヴィクトリア朝化を促した。
対なる男女の核家族を是とし、国民のすべてが結婚するようになると、性交渉を家庭に閉じこめるようになる。
そのため、1956年に売春防止法が成立し、1958年には赤線が閉鎖されていく。
しかし、一夫一婦制の強化は、婚外の有償での性行為を跋扈させる。
赤線から引き続く売春は、トルコ風呂へと変わっていく。
 
 フーゾクにとってエポックだったのは、1980年の「ノーパン喫茶」の登場だった、と本書はいう。 

 ニッポンのフーゾク界にとってノーパン喫茶が衝撃的だったのには、二つの理由がある。その一つがこの素人ギャルたちのフーゾクヘの参加という点だ。
 それまでにも、アルサロやステッキガールのように、フーゾクの世界への素人サイドからのアプローチはそれなりにあったし、それがある程度の社会現象となったこともある。しかしノーパン喫茶の凄さは、素人ギャルたちのプロの世界への進出にとどまらなかったことにある。
 ノーパン喫茶がこの時点でなしたことは、プロと素人との境目というか、壁面を一気に突き崩したということだ。進出ではなく破壊である。それによって、もはやフーゾクビジネスと他の仕事との違いを無くしてしまったのだ。P177


 おそらくこの頃から、我が国は豊かな社会へと入って、女性の職業が開かれはじめ、核家族化の進行が鈍りはじめたのだ。
男女雇用機会均等法が制定されたのが、1972年だったことを思い出せば、女性の変化は充分に理解の範囲内である。

 本書が明らかにするのは、もう一つある。
それは明言していないが、男の関心が女体という物から、性的なイメージへと変わったことである。
戦後のフーゾクは、女性の肉体に触れることを、第一の目的としていた。
フーゾクは別名、射精産業とも呼ばれる。
男性の快感が、射精にあることは変わらないだろうが、それを得る方法が女体そのものから、性的なイメージへと変わってきている。

 女体に触るということは、物としての女体を要求している。
しかし、男性の要求が、徐々に女体そのものから離れて、イメクラとかコスプレといわれるように、イメージという観念へと変化している。
これは工業社会という物を相手にした産業から、事を相手にするという情報社会への変化に対応したものだろう。

 素人女性がフーゾクに参入するのと、同質の現象が客である男性のほうにも生じている。
デンマーク、フランス、スイス、ドイツなどでは、売春はすでに合法である。
オーストリアなどでは売春ビザで、滞在許可を得ることができる。
オーストラリアはキャンベラの女性市長がしたように、先進国ではやがて売春は合法になっていくであろう。
きわめて興味深く、本書を読んだ。 
  (2009.4.23)
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参考:
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991

ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001
山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999

謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト幻冬舎文庫、2002

プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
白倉敬彦「江戸の春画」洋泉社、2002
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002

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