匠雅音の家族についてのブックレビュー   愛はめんどくさい|まつい なつき

愛はめんどくさい お奨度:

著者:まつい なつき  メディアワークス、2001年、 ¥1000−

著者の略歴− 1960年7月1日東京生まれ。イラストレーター、ライター。78年、まんが評論専門誌「たっくす」にてコラム、マンガ等の執筆を始める。以後、インタビュアー、編集者等の仕手もまじえつつ、雑誌、書籍を中心に活動。94年、長男の出産を元に書き下ろした「笑う出産」(情報センター出版局)シリーズがベストセラーになる。著書に「まついさん家の遊んじゃう家庭生活」講談牡、「恋する女はみんなバカ」祥伝社、「わたしだけがタイヘン」海竜社、「うちの子どもにゃヘソがある」PHP文庫、「しあわせ占星術」共著・情報センター出版局など多数。
http://homepage1.nifty.com/matsui-natsuki
 女性は弱者だ、被害者だ、と主張するわが国のフェミニズムとは無縁のところで、働く女性たちは確実に力を付けてきた。
お金にルーズな男性と、男にルーズな女性が結婚した。
本書は、その結婚生活を女性側から描いたものである。
TAKUMI アマゾンで購入

 筆者が31歳の時、2人はインドで出会った。
そして、すぐに結婚を決めた。
お金より大切なものがあると思って、借金だらけになった男と、お金が人間関係をはかる裁量になっている女性の結婚である。
通常の男性には稼ぎが期待されており、一家を養うことが暗黙のうちに前提とされる。
しかし、この2人にはこの常識はなく、生活費の大半を女性が稼ぎだした。

 彼は本当にいい男で、私は一緒にいる時間がらくちんで楽しくてたまらない。
 お金以外のことだったら、どんなことも安心して甘えられるし、頼ることができる。甘え方に自信がない私でも、なぜだか夫にだけは、安心してわがままをいって寄りかかっていられるのだ。
 拒絶の雰囲気がゼロの男というのは、ちょっと不思議な感じだった。P32


 結婚は、お互いを認め合う実験だという強い心構えで、筆者は結婚生活を始めた。
最初は、夫は名古屋に、筆者は東京で暮らしていたが、同居する頃には妊娠していた。
本書は、子供が生まれる前後から始まり、初孫をかわいがる姑との確執を中心にすすんでいく。

 長男が生まれるまでは、姑とのあいだもそれになり上手くやってきた。
しかし、長男つまり孫が生まれたると、事情は一変した。
とにかく孫がかわいいという気持ちが、姑の行動を激しくかりたてた。
姑にとっては、社会の規則や筆者の気持ちなど、孫かわいいの前にはないに等しかった。

 (姑は)私には家族でも、他のおかあさんたちにとっては他人ですから、という言葉をのどで飲み込む。そんなこと、6人部屋の入院室で大声でいわないでほしい。私は身の縮む思いだ。
 しかしそんなことは、前哨戦にもならなかった。
 すべては「孫かわいさ」にしんぼうたまらんという根本の上に成り立つ、私のおしゅーとめさんの激しい攻撃は退院後もますます職烈をきわめていくのだ。P47


 日曜日ごとに、筆者の家に乗り込んできて、孫をかわいがる。
ぐずる孫を見れば、すぐおしめを取り替えてあげる、と猫なで声を出す。
すべて善意にもとづく行動である。

 嫁姑の争いは、かつてのように陰湿ではない。
しかし、両者は別人である以上、ズレがおきて当然である。
筆者は姑の行動を鏡にして、自分を見直していく。
女性は得てして自己を見つめることが下手だが、筆者は冷静にしつこく精確に自己を見つめていく。

 いままでの女性が書いたものは、自己を見るのではない。
騒動の原因を自己以外に求めやすかった。
本書を貫くのは、自己相対化の眼である。
「女のマザコン」などと、やさしい言葉で書かれているが、本書は出色である。

 出産とは死と隣り合わせで、新たな命は本能によって誕生する、という。
愛情というのは、知性の産物だから、後天的に学習するものであるともいう。
だから、動物としての本能の満足を手に入れると、人間として全体を見渡す冷静さを見失うのだそうである。
こうした冷静な自己観察は、筆者の発言の信憑性を高める。

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 筆者は次々に3人の男の子を生む。
にもかかわらず、夫は稼ぎが少なく、生活費のほとんどを筆者が稼ぎ出している。
しかも、いわゆる家事といわれることも、筆者がこなしていくのである。
それに対して、筆者は次のように言う。

 私は、いやいや家族のために働いているんじゃなくて、家族のために働く自分が好きで働いているから「やめちゃう」わけにはいかないのだ。
外でくたくたに働いている世間の夫たちだって同じだと思う。
家で家事や子どもと奮闘している世間の妻たちだって同じだと思う。
家族のため、子どものためにがんばっている、それはまちがいない。だけどやっぱりがんばっていろんなことをきちんとこなしている自分のことが好きだから、がんばれるのだ。
だからこそ、それを認めてくれなかったり、じやまはしないまでも手伝ってくれない夫や妻に対して、腹立たしい思いを感じるのだ。「私がここに生きていることを認めないつもりなの」って。P119


 筆者はこの結婚から、多くのことを学んだという。
相手の収入や地位をあてにして、結婚するものじゃない。
結婚とは2人で生きていくための能力の幅を広げるものだ、という。
8年の共同生活のすえに、とうとう筆者は離婚する。
しかし、相手を責めてはいないし、文章は明るいタッチのままである。
経済力があったから、筆者は自立心が保てた。
離婚に至る苦悩はもちろんあっただろうが、筆者のスタンスは明らかに新しい女性のものである。

 『父親』と『母親』、この単語の呪縛から逃れて、私はやっと一息つけた。
放置、虐待、子ビも殺しのニュースが、子どもを抱える日常の生活の中、流れていく。
 これは、母親らしさの欠如ではなく、保護者としての自覚の欠如である。
保護者としての役割をはたせなくなるまで、母親としての役割に追い詰められていったのか。母親に取り換えはきかない。しかし保護者は、いくらでも取り換えがきく。
保護者としての限界に気がつかないように、巧みに『母親らしく』という呪いが、かけられてしまっているのではないか。P200


 子供に不可欠なのは、取りかえ可能な保護者であるという。
きびしい自分の体験をふりかって、母親よりも保護者が必要だというのは、なかなか言える言葉ではない。
しかも、愛情という無形なものへの寄りかかりを、厳しくたしなめる筆者は、自由の豊かさを充分に味わっている。

 私は、離婚も家庭崩壊も悪いことだとは思えない。
重要なのは、子ビもが大人を信頼して、毎日生きていけることだと思う。P201


という筆者の体験談は、厳しかっただろうことを想像させながらも、じつに豊かな精神性を感じさせる。
筆者は物書きという特異な職業だったから、3人の子育てが可能だったといわれるかもしれない。
しかし本書から読み取るべきは、女性が自分で自分の生活を切りひらいてきたことであり、日々の体験をとおして自己を見つめ続けてきたことである。
(2002.8.23)
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参考:
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991
ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001
山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」 KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
イヴ・エンスラー「ヴァギナ・モノローグ」白水社、2002
橋本秀雄「男でも女でもない性」青弓社、1998
エヴァ・C・クールズ「ファロスの王国」岩波書店、1989
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
能町みね子「オカマだけどOLやってます」文春文庫、2009
島田佳奈「人のオトコを奪る方法」大和文庫、2007
工藤美代子「快楽(けらく)」中公文庫、2006


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