著者の略歴− ジャン・スタンジエ(Jean Stengers)−ブリュッセル大学で現代史の教鞭をとる。ベルギー王立アカデミー会員。著書に『Vertige de l'historien』などがある。 アンヌ・ファン・ネック(Anne Van Neck)−本書をスタンジェとともに準備していたが、1982年に没。大学歴史研究所主任研究員だった。専門は中世史。1939年生まれ。社会人類学者。県立長崎シーボルト大学(国際情報学部)教授 マスターベーションは身体に悪いから、やめるべきだと男性たちは教えられたはずだ。 最近でこそ、マスターベーションの害を言わなくなった。 が、大人たちがやめるようにいったのは、決して悪意からではなく、子供を保護しようとする善意から発していたに違いない。
マスターベーション=自慰は、大昔から悪いこととされてきたのだろうか。 当サイトは、近代化が自慰を悪としたのだ、と考えていたが、それを論証した本が上梓されていた。 自慰害悪説は、性の快楽を禁止した近代の観念と平行現象で、 子孫を残すために行うセックスだけを辛うじて認めた近代の産物である。 際物のような書名だが、本書は真面目な論文である。 筆者の1人は女性である。独創性に欠ける我が国の学者たちも、本書の筆者たちを見習って欲しい。 18世紀後半まで、マスターベーションの有無を追及することは司祭の優先事項には入っていなかったと結論づけても、行きすぎにはならないだろう。どうやら、聖職者にとって実質的な関心事ではなかったようだ。P35 従って、いくつかの文章から、また特に他者の沈黙から、18世紀以前の社会の姿としては、マスターベーションにはわずかな重要性しか与えておらず、いずれにせよマスターベーションには何の恐怖も感じていないというイメージが浮かび上がる。P51
さりとて推奨される行為でもない、といったところだった。 我が国でも、近代以前の性的な大らかさをよく聞くが、前近代にあってはセックスが人々に楽しまれていた。 それは世界中で同じだった。 それが、1715年に「オナニア」とういう本が出てから、事情はがらりと変わった、と本書はいう。 18世紀の後半には、自慰を禁止する言説が主流になり、人々の性的欲望に抑圧を与えていく。 「オナニア」の著者であるティソは、単なるペテン師だった。 それ以降、神父は言うに及ばず多くの医者が、こぞって自慰有害説を宣伝していく。 ちょっと考えれば、自慰をしない男はいないほど普及しているのだから、 自慰が無害なことは明々白々ではないか。 にもかかわらず、1950年に至るまで、自慰は有害として禁止されてきた。 かの有名なフロイトも、自慰有害説を採用している。 では庶民が、自慰有害説から無縁だったかというと、そんなことはない。 マスターベーションをしているとわかっている142人の子供の両親に、メイベル・ハシユカは、子供に対してどんな反応をしたか、どんな言葉をかけたかを尋ねた。142人中128人、つまり9割が、叱った、おしおきをした、脅した、と答えている。 単なる叱責「よくないよ」などは、たった25人だけだった。128人中100人以上の子供が、しつかりとおしおきをされたか脅されている、あるいはおしおきと脅しを同時に受けている。P190 キンゼーの検証によって、マスターベーションの害の考えが最も長く、最もしっかりと根を下ろしていたのは一般階級だということが判明する。上流階級はきっと、18世紀に見識ある科学の代表に見えたティソの考えを受け入れた最初の人々だったのだろう。科学が発展し、古い立場を捨てたとき、そうした考えの変遷を最初に受け入れたのも、おおまかにいってやはり上流階級だったのだ。どうやら、一般階級では過ぎ去った世代の教えをより長く信じ続けていたようだ。P193 性別と性差の違いが認識されてきたように、性の扱いも自由になった。 人間の生命を素直に見つめよう。生物的な話か、社会的な規制か、よく目を開く必要がある。 正保ひろみの「男の知らない女のセックス」などが書かれている今、 我が国の学者たちも、有害説をとなえた学者たちをきちんと調べて欲しい。 マスターベーション=自慰を禁止された時代に、教えを守れなかった男性・女性たちも、充分に健康な大人に育った。 ポルノ規制に対しても、同じように疑いの目を向けるべきだろう。 (2007.10.11)
参考: 岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999 フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991 ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001 オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992 石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002 梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001 山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999 謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960 清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002 プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002 生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002 赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984 生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002 福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983 田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999 佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995 アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989 カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995 シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001 シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000 アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991 曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003 アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002 バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991 編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005 エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992 正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004 ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006 ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006 菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000 ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997 ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001 ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」KKベストセラーズ、2006 松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003 ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985 謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960 山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999 ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001 赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996 佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996 ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969 田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004 ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000 酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005 大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006 アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006 石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008 石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995 佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999 生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002 村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994 岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009 ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003 メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009 白倉敬彦「江戸の春画」洋泉社、2002 田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999 パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002 匠雅音「性差を超えて」新泉社、1992
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