匠雅音の家族についてのブックレビュー    エロティシズム|フランチェスコ・アルベローニ

エロティシズム お奨度:

著者:フランチェスコ・アルベローニ   中央公論 1991年   

 著者の略歴−1929年にイタリアのピアチ工ンツアに生まれる。はじめ精神医学を専攻し、精神分析医をしながら大学で心理学を教える。のちに社会学を修め、現在はミラノ大学社会学研究所教授。イタリアの社会学会のプリンスとして多数の本を著すかたわら、一般向けの本も書く。個人の感情を明確に分析した洞察力のあるその内容は、言売者の心を深く捉え、いまてはイタリアを代表するベストセラー作家の一人として、ますます人気が高まっている。著書のうち、本書『エロティシズム』、『友情について』、『インナモラメント(恋愛の成りたち)』その他は、ヨーロッパを中心とする十数か国語に翻訳され、圧倒的な評価を得た。「コリエーレ・テラ・セーラ」などの新聞雑誌の定期寄稿家としても、活発な発言を続けている。
 本書は1986年にミラノで出版され、我が国では1991年に上梓された。
エロティシズム論は、多くの場合、文学者らによって書かれるが、社会学者の書いたエロティシズム論であると、「あとがき」にある。
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 「男と女の違い」から始まるが、男女の違いは歴史的なものだから変わる、という認識がある。
筆者には女性が台頭しつつある状況を、きちんと押さえてもいる。
20年前に書かれた本とは思えないほど、男女の心理を良く描いている。

 しかし、男と女の違いは、長年にわたって形成されたものだから、簡単には変わらないだろうとも言っている。
これには同感する。

 まず筆者は、男性向けポルノと女性向けのピンクロマンスに、いくつかの共通点ひろう。
いずれも相性となる相手は、とびきりにカッコイイ異性である。
そして次に、男女の違いを次のようにいう。

 男のエロティシズムは、身体、肉体の美しさ、性的魅力、誘惑力によってエンジンがかかる。社会的地位、知名度、権力によってではない。男が部屋にマリリン・モンローのヌード写真をはっておくのは、彼女の裸がこのうえなく、世界一美しいからである。男を惹きつけるのは、美しさであって、名声ではない。だから、モンローの隣にほ
かの美女たちの写真をはることもあるし、むしろそっちのほうに興奮することもある。もし男が、有名だが美しくない女優か、無名だが惚れぼれする女か、どちらかと寝ろといわれれば、間違いなく後者を選ぶ。選択の基準は、個人の性的な好みである。女の場合はそうではない。ミラン・クンデラが書いている。「女が求めるのは美しい男ではない。美しい女を持っていた男である」女のエロティシズムのほうは、地位、知名度、世間的評価、役割などにいちじるしく影響される。男は性的魅力のある女と寝たい。女は、アイドルやボスや、ほかの女からも愛される社会的価値のある男と寝てみたい。P28

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 この発言は、男性からのものだが、あたっているのではないか。
男性は自分の好みに従うのにたして、男性や社会に従うように教育されてしまった女性という構造がみえる。

 筆者は恋愛とロマンティック・ラブとを区別し、恋愛を非常に高く評価する。
これにはまったく賛成である。
恋愛は人間の個人的なかかわりであり、人間の隠れた美点を浮かび上がらせるものだという。 
 エロティシズムも対象は個人であり、個人でしかあり得ない、という。
ここで筆者は、当然のことながら、恋愛とエロティシズムを結びつけている。

 私たちは、アイドルヘのエロティックな陶酔が、なぜ恋愛でないかがわかる。恋愛は発現であり、まぎれもない唯一の個人の価値の発見である。それまでだれも気がつかなかった価値が、愛するものの目には見えてくる。有名な人物であるアイドルの場合はこれと反対に、もうみんなに知られていて、持てはやされているのだ。恋愛の奇跡は、社会が与える価値には関係なく、ある個人の価値を発見することにある。
 したがってそれは、革命的な力である。P167


 これは個人の輪郭がはっきりした近代人の発言であり、この発言には個人が引き受ける責任感がある。
筆者の恋愛観にしたがえば、恋愛は男女の戦いにもなる。
もちろん、この戦いは楽しいもので、全身全霊でとりくむから、なお充実する。

 しかし、ではエロティシズムとは何か、という問いにたいしては、筆者からは不明瞭な答えしか返ってこない。
本書にしたがって想像すれば、性的な幻想ということにでもなるだろうか。
しかも、精神的な感覚だけではなく、肉体的な快感をも含めたもので、筆者はエロティシズムに大きな価値をおいている。

 フェミニストから本書刊行後、いまや女性も性と愛を区別する。
女性のほうも純粋にセックスだけのエロティシズムの時代になったという批判がでたらしい。
当然の批判だろうと思うが、フェミニストが言うように女性たちは本当に変わっただろうか。
変わって欲しいが、長い時代によって形成された気質は、なかなか変わらないのではないだろうか。

 エロティシズムをまじめに考察した本として、とても好感をもって読んだ。(2008.7.30)
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参考:
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991

ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001
山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999

謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト幻冬舎文庫、2002
プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
白倉敬彦「江戸の春画」洋泉社、2002
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002

匠雅音「性差を超えて」新泉社、1992

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