匠雅音の家族についてのブックレビュー    性器信仰の系譜|佐藤哲郎

性器信仰の系譜 お奨度:

著者:佐藤哲郎(さとう てつろう)−三一書房、1995年  ¥2200−

著者の略歴− 1917年神戸市に生れる。多摩美術学校(現多摩美大)中退。秋田県立角館高等学校美術教師をへて、建築設計事務所開設、現在自由業。日本民俗学会会員。著書「古代通信j北の路社、「クラ・庫・倉・蔵」秋田文化社 共著「角館歳時記」秋田文化社、「古代史ノート」無明社出版
 農耕社会での願いは、食べる物に恵まれることだろう。
飢饉がしばしば襲ったので、かつての人たちは飢えることすらあった。
だから、豊かな稔りや豊作がどんなに望まれたかわからない。
豊穣の印として、女性の妊娠がいわれる。
妊娠する女性こそ、豊穣の印であり、妊娠した大きなお腹は、豊かさの象徴だといわれる。
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性器信仰の系譜

 しかし、妊娠するための行為を司る女性器は、豊かさの象徴だといわれない。
むしろ生理や経血とむすびついて、汚れたものだと言われたりする。
アメリカのフェミニズムは、女性器の美しさを主張したが、わが国では女性器を開示する動きはあまり見られなかった。
本書は、いままで省みられることが少なかった男性器の考察である。
それを本書は、次のプロセスで記述していく。

1. 縄文時代の石棒は、さらにリアルに造型されて金勢大明神と呼ばれるようになり、その金勢大明神は山岳宗教のメッカ奈良県金峯山の守護神として信奉されるようになった。
2. いま一つの流れは、男茎形の祭具が朝廷の祭事にも用いられ、稲作豊穣の呪具として供えられたが、それは、今日の民間信仰のなかにも生きている。
3. さらに、古来、秘中の秘とされる伊勢神宮正殿の「心の御柱」は豊穣祈願の男茎形の柱であった。
4. 関東地方を中心に数多くみられる双体道祖神は、密教の左道とされる立川流に説く歓喜天信仰がルーツであったのであり、それは、性器信仰とは別の流れであったのである。
5. 今日、東北地方にみられる「サエノ神」信仰と菅江真澄の記録。
6. 末尾に、この本の表題に関連する地名を表にまとめた。P6


 まず、4番目に書かれている双体道祖神であるが、
現在でも東京近郊でたくさん見ることができる。
また、各地の秘宝観などでは、これを展示しているところが多い。
これは抱擁、接吻もしくは性交像など、男女2体の仏様である。
歓喜天は、歓喜自在天とか大聖歓喜天などといわれるが、男女の愛欲にこそ究極的な人間の姿がある、と考える仏である。
歓喜天の情交の対象が、観音菩薩であったことから、性的行為の姿が信仰の対象として広まったようだ、と筆者は言う。

 歓喜天信仰は民間に入って「縁結び、子授け、安産、夫婦和合」などの世俗的信仰に変容し、それにともなって造形的にも怪奇異様な歓喜天像は、好色な残映を遺しながら、いわゆる双体道祖神に変貌した−と私は考える。それは、おそらく江戸時代の半ば頃であった。(中略)道祖神は縄文時代の石棒に起源する「性器系」信仰とは生まれが違うということを重ねて指摘しておきたい。P108

 最近、女性器は猥褻なものとは見なされなくなり、公開されるようになった。
わが国では全面公開にいたってはいないが、ほとんどの先進国ではすでに全面公開されている。
しかし、男性器には未だに偏見が残っており、勃起した状態の男性器は、猥褻だと見なされている。
そのため、男性器に関しては、なかなか語られることが少ない。

 性的なことにかんしては、男性は自分を見るより、女性を見る視線をもっており、それが男性の性的なイメージを高めた。
それに対して女性は、性の世界で自分の身体を見るようだ。
そのあたりも女性器が公開され、勃起した男性器が語られない原因かもしれない。
いずれにせよ、性の喜びを謳歌するためにも、男女性器は公開されるべきである。
 
 女性の体が、妊娠によって変化し、妊娠が豊穣の証だとされれば、
男性器は妊娠させるものとして、やはり豊穣の対象と考えられる。
むしろ、妊娠のメカニズムが判らなかった時代、
勃起した男性器を女性器に挿入すると妊娠するので、男性器に何らかの神性を付与しても不思議ではない。
男性器には勃起という現象があるので、その意味を語るのは自然だろう。

 その縄文時代の日本列島の各地の遺跡から、明らかに亀頭を意識して造られたとみられる数多くの右棒が出土している。なかには2メートルにも及ぶ長大なものも発見されているが、20センチ前後の小型なものが多い。(中略)なぜ金生遺跡の縄文人は男根形の石棒を墓地に立てたのであろう。考えられるのは、彼らは死者の国の存在を信じていたに相違ないということである。そして、その死者の住む国は汚れ穢れた死者の肉体やあらゆる悪霊邪神の住む世界であった。だから、この怖るべき邪霊が生者の国に侵入するのを、どうしても防がねばならなかったのである。P11

 縄文人が男性器を模した石棒は、男根に秘められた旺盛な生成力に願掛けしたのだ、と筆者は読み解くのである。
たしかに勃起時には、平時の何倍にもなる男根は、力強さの象徴になりえたかも知れない。
肉体労働が支配的だった時代、力強さはきわめて頼りになるものだったであろう。

 性的なものに偏見をもたなかった前近代の人たちは、伸縮する男性器をどのように見ていたのであろうか。
勃起は女性にも歓迎されたはずであり、反対に勃起できない男性器は女性から嫌われたに違いない。
性交は男女に肯定的になされていただろう。
だから、女性からも勃起には何らかの意味づけがなされたに違いない。
女性の肉体を正面から評価するのと同様に、男性の肉体も偏見にとらわれることなく、真摯に考察したいものである。

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参考:
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オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
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山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」 KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
イヴ・エンスラー「ヴァギナ・モノローグ」白水社、2002
橋本秀雄「男でも女でもない性」青弓社、1998
エヴァ・C・クールズ「ファロスの王国」岩波書店、1989
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
能町みね子「オカマだけどOLやってます」文春文庫、2009
島田佳奈「人のオトコを奪る方法」大和文庫、2007
工藤美代子「快楽(けらく)」中公文庫、2006


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