匠雅音の家族についてのブックレビュー    公認売春宿|アレクサ・アルバート

公認売春宿 お奨度:

著者:アレクサ・アルバート講談社、2002年   ¥2、000−

著者の略歴−1990年ブラウン大学卒(心理学専攻)、99年ハーバード・メディカル・スクール卒(医学博士)。93年から2000年まで7年間にわたり、のべ90日間、ネヴァダ州の公認売春宿に寄宿し、公衆衛生の研究に携わる。コンドームの使用状況を中心にしたこの研究が各種メディアの関心を集め、旺盛な執筆活動に入る。「アメリカン・ジャーナル・オブ・パブリック・ヘルス」や「JAMA(アメリカ医師会ジャーナル)」から、「コントラセプション」や「アーカイブズ・オブ・セクシュアル・ビヘイビア」まで、多種多様な雑誌に数々の論文を発表している。「ミラベラ」誌選出『90年代の女性1000人』のうちの1人。現在はワシントン州シアトルで小児科のレジデントを務める。夫アンディと娘ココとの三人暮らし。
 アメリカに売春婦はたくさんいるが、法律は売春を禁止している。
アメリカでの売春は違法であり、売春婦の存在は非合法である。
だから何時でも逮捕されかねない。
取り締まりのお目こぼしで、辛うじて生業が成り立っているに過ぎない。
それはわが国と同じである。
しかし、例外の場所が1つだけある。
それはネヴァダ州である。
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 賭博で有名なラスベガスをもつネヴァダ州は、売春宿を公認していることでも有名である。
誤解しない欲しい。賭博と公認売春宿は関係ないし、むしろ対立関係にある。
また、ラスベガスのカジノに出入りする売春婦がいるが、万が一ディーラーやホテルの人が紹介しても、彼女たちの売春は非合法であり、警察の取り締まり対象である。

 本書が扱うのは、公認されたつまり法の正式な許可のもとに、正当に設立された売春宿である。
ネヴァダ州の各地に、26の公認売春宿が存在する。
ここの売春婦たちは、全員がHIVの陰性だし、性感染症はゼロだという。
筆者は学生時代に、公衆衛生に興味を持って、関連した事項を調べた。
そのうち公認売春宿の存在を知り、やがてその調査に7年を費やすようになる。

 公衆衛生にとってどんな意味があるかと考える前に、とにかくびっくりしてしまった。社会の大きなタブーである売春が、アメリカの1州(それもこの1州だけ)で法的に認められているとは。どうしていままで話題にもならなかったのだろう。当の売春婦たちはどう思っているのか。売春に重くつきまとう恥の意識は、公認されて合法化されると少しは軽くなるものだろうか。公認されれば、売春婦は一般社会のふつうのこ貝と認められて、プロ意識が芽生えたりもするのだろうか。考えれば考えるほど疑問はふくらんで、この世界に分け入って調べてみたいという気持ちがつのってきた。P17

 それから彼女は、ネヴァダ州の売春協会の事務局長であるジョージ・フリントに、研究調査のために立ち入らせて欲しいと手紙をだす。
公認売春宿は「ワーキング・ガール」や職員をのぞいて、女性は立ち入り禁止である。
筆者の要求はかなえられなかった。
筆者のたっての頼みが適えられたのは、それから3年半後だった。

 当初は、HIVやさまざまな性病といった公衆衛生の観点から、公認売春宿に興味を感じていた筆者だった。
が、調査していくうちに売春婦や彼女たちの、生活全体へと興味は広がり始める。
公衆衛生には興味があっても、売春には反対だった筆者は、多くの売春婦たちと生活をともにするうちに、彼女たちも普通の女性と何ら変わりがないと思い始める。

 公認売春宿の実態を知らない人たちは、社会の常識からイメージをつくる。
常識がそれを否定的に見れば、イメージも否定的に形成される。
筆者も売春に対して、悪いイメージを持っていた。
とりわけ大都会での売春の実態は、麻薬がからんでいるので、陰惨なものになる。
そのうえ一部のフェミニストは、売春を女性への暴力といって否定する。
だから、女性である筆者は売春に対して大きな偏見をもっていた。

 ムスタング(=公認売春宿の名前)の女性たちにしてから、仕事のときは注意しているのに、夫や恋人が柏手のときはコンドームを使わず、それをこう言って正当化していた−あの人は浮気なんかしないから。最初は信じられない気がしたものだが、結婚とか一夫一婦制とかに対して、彼女たちはあまり幻滅していないようだ。毎日さんざん裏切りを目にしているのだから、もっと醒めていてもいいはずなのに。人間の本性を知っていながら希望を棄てない姿に、わたしは胸の痛む思いがした。彼女たちは、ほかの女性と少しもちがつていない。P42

 きわめて厳しい条件をクリアーした女性だけが、公認売春宿で働くことができる。
前科のある女性はもちろんダメ、薬物使用者もダメ、性病の罹患者もダメ、HIVだったら永久に許可証は出ない。
労働許可証を手にした女性だけが、砂漠の中の柵に囲まれた家で働く。
公認されていても差別や偏見に囲まれるがゆえに、公認売春宿は閉鎖的になる。
ポルノ映画製作現場を描いた「ブギー ナイツ」のように、疑似家族のような強固な共同体を形成していく。

 本書の語るところは、わが国の売春婦が語るものと、重なる部分がたくさんある。
売春婦の3分の1が子持ちなこと、
彼女たちが家族の生活を支えていること、
自分の職業を公言できないこと、
客との恋愛には困難がともなうこと、
仕事でのセックスで快感を得て良いかどうか意見が分かれること、
彼女たちの存在が客への癒しになっていること、
などなどわが国でも聞かれる話である。

 公認売春宿で働く女性たちは、あばずれの淫売ではなく、きちんとした職業人だ、
とというのが、7年をつうじて彼女がえた結論である。
売春とは決して体を売るのではない。
セックスというサービスを売るのであり、性の快楽を提供する。
言いかえれば、性器を使った肉体労働者であり、彼女の時間を売っているにすぎない。
労働の売り買いだから、そこにはきちんとしたルールがある。
ここでの買春は女性の身体を買うわけではない。

 公認売春宿は、売春という問題に対処するためのひとつの方法である。性を売買することにどれほど抵抗感があろうと、売春を完全になくすことができると思うのはあまりにおめでたすぎる。需要があれば、合法的かどうかは別として、手を替え品を替えてかならず供給は生じる。この仕事をする女性(と男性)に背を向けることは、売春そのものよりずっと非人道的だ。犯罪的とすら言えるかもしれない。プロの売春婦の仕事を正当に評価承認しないかぎり、彼女らはいつまで経っても安全に、また責任をもって仕事をまっとうすることはできないだろう。P284

 成人間の合意に基づくセックスは、金銭がともなうと否にかかわらず、他人が口を挟む筋合いではない。
誰がお金を払おうと、当人同士が合意していれば、法律が立ち入るべき筋のものではない。
本書の結論はきわめて常識的なものである。

 こうした体当たり的な研究は、アメリカ人女性が得意とするところだ。
フェミニズムの洗礼を受けたアメリカ女性の逞しさは、眩しいばかりである。
まっすぐにモノを見つめ大胆かつ真摯に研究していく。
わが国の研究者が見習って欲しいところである。
(2003.3.28)
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参考:
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991

ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001
山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999

謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト幻冬舎文庫、2002

プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
白倉敬彦「江戸の春画」洋泉社、2002
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002

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