匠雅音の家族についてのブックレビュー    売春という思想|シャノン・ベル

売春という思想 お奨度:☆☆

著者:シャノン・ベル  青弓社、2001年    ¥3、400−

著者の略歴−1955年カナダ・マニトバ州生まれ。ヨーク大学政治科学博士号取得、 ウィニペグ大学文学士号取得、 インディアナ大学助教授:専攻−古典政治理論、女性学理論、法理論、 邦訳「セックスワーカーのカーニバル」第三書館
 本国では本書は1994年に出版されている。
すでに9年前だ。
そして、わが国で出版されたのは、2001年である。
その間には、7年という時間がある。
この時間を短いとみるか、長いと見るか、微妙なところである。
しかも本書は、フェミニズムとはあまり関係なさそうな、66歳の男性によって翻訳されている。
この状況に、何と言えばいいのだろう。
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 筆者は「セックスワーカーのカーニバル」を、わが国ではすでに上梓しているが、
本国では本書のほうが先に出版された。
本書は、売春にかんする近来にない力の入った書物である。
ポスト・モダンで分析したと筆者はいうが、そうした前触れは必要ない。
フーコーやダリデなどの名前をもちだすのは、むしろ理解を妨げている感じすらする。

 脱構造などといわないで、自分の言葉で語ったほうが、はるかに判りやすい。
おそらく筆者はアメリカでも少数派だったのだろう。
だから権威が欲しかったのだろうが、フランス現代思想は女性の台頭に批判的だし、ほとんど役に立たないだろう。
知の枠組みを変えたというが、脱構造は誰でもがやっていたことだ。
フランス現代思想はともかく、本書は売春婦の声を丁寧にひろって、刮目すべき理論書に仕上がっている。

 本書『売春という思想』を貫く最重要の戦略は、売春婦の身体が、つまり、ある種の報酬を受けてなんらかの性的行為に従事する女性の肉体が、固有の意味はいっさい持たず、さまざまな議論のなかでさまざまな意味を持たされていることを明らかにすることである。私は、売春婦の身体観の形成を、五つの思想世界において考察するつもりである。五つの思想世界とは、すなわち、古代ギリシャ、近代ヨーロッパ、現代フェミニズム(北米とフランスの)、ポストモダンの売春婦フェミニズム(北米の、また国際的な)、そしてポストモダン売春婦パフォーマンスアート(北米の)である。P12

 事実と観念のあいだには、ほとんど架橋できなくらいに遠い距離がある。
その距離は今まで認識できなかったが、
機械言語が登場したことによって、事実と観念の距離を測ることが可能になった。
コップという事実が存在するのではなく、コップという認識された物が存在する。
だからコップという認識は、時代やその社会によって変化する。
それが情報社会の認識であり、売春婦もまったく同様である。

 筆者はギリシャの高級売春婦ヘタイラから、話を始める。
売春婦の復権である。
それが近代になって、売春婦は貶められたという。

 売春に関する近代の言説は、女性のセクシャリティに関する、より大きな言説的産物の一部だった。女性のセクシャリティ言説は、女性の身体を生殖(再生産)する身体と(再)生産しない身体に区分し、女性の再生産機能を正常なセクシャリティとして、売春を正常を逸脱したセクシャリティとして、定義づけたのだ。再生産的セクシャリティは、女性が積極的に性的欲望を持ち、積極的に快楽を味わうことを否定する。これが従うべき規範となり、売春はその反対物となった。逆にいえば、売春が位置づけられたことで、この従うべき規範の輪郭が明確になったのだ。P68

 まったく当然の話である。
近代の成熟にしたがって、工場労働者という男性が大量に必要となったが、
女性労働者は不要だった。

 農耕社会では労働者だった女性は、働く場を奪われ専業主婦となって、家庭に入っていった。
ここで生産労働に従事しない女性が、大量に発生した。
だから、人口の半分を守るために、働きがあり自立した存在である売春婦を、悪者に仕立て上げなければならなくなった。

 生産労働に従事しない専業主婦をかかえる、
つまり終生の一夫一婦制を守る必要ができた。
家族制度を守らなければ、社会が存続できない。
そこで家族制度の外にいる人間を、指弾することによって家族を守ろうとした。
女性に経済力があってはいけない。
売春婦は自身で生活力があり、家族制度の外にいる。
専業主婦を守るために、売春婦を社会の敵とせざるを得なかった。
 
 1985年、「第一回世界娼婦会議」が採択した「売春婦の権利世界憲章」は、売春婦がその他の市民と同一の権利を有することを初めて宣言した。権利は道徳的権利、法的権利、基本的人権の三種に大別できる。道徳的権利とは他人にある行動をさせ、またはさせない権利、法的権利とは法によって認められた権利、基本的人権とは人が人として当然に有する権利をさすが、これら三者は排他的な関係にあるわけではない。(中略)売春婦が法的権利と人権を求める根底には、売春婦もそのほかすべての人間と同等の権利を保障されるべきだとの道徳的主張がある。P168

 売春とは一つの職業であり、売春婦とはその職業人に過ぎない。
売春を非合法とするいかなる根拠もない。
公序良俗に反するから売春は否定されると言えば、公序良俗のほうが笑い物になる。
筆者は慎重な筆致だが、明らかに売春婦を一職業人とみなしており、
売春婦である人間と、売春婦でない人間のあいだに、何の区別もおいていない。

 売春婦は、性の専門家であり、性をつうじて人々を癒す。
売春婦とのセックスは安全だし、セラピストと売春婦は何の違いもない。
売春という職業に、国や公的な機関は介入すべきではない。
専業主婦も売春婦もまったく1人の人間として、社会に生活する。
核家族が単家族へと変化する時代には、個人が裸で社会に放り出される。

 フェミニズムが売春を否定しために、売春婦と非売春婦のあいだに対立を生みだした。
そして、被抑圧者である女性のなかに、女性同士の差別を持ち込んでしまった。
マッキノンやドゥーキンなどの言説は、女性を分断するための一種の犯罪である。
筆者の売春を正規の職業と見なし、売春婦にも課税すべきだという発言は、実に納得できする。
売春を犯罪だとするから、売春婦は差別される。
売春婦が被害にあっても、売春自体が非合法とされるから、被害届を出せない。

 楽しみのためのセックス、
快楽のためのセックス、
報酬のためのセックス、
癒しのためのセックスなどなど、どんなセックスでも変わりがあるはずがない。
筆者の言い方に従えば、セックス自体が存在するのではなく、セックスという認識が存在する。
だから、セックスの意味を決めるのは社会的な認識である。

 筆者自身も、売春婦たちのパフォーマンスに加わって、楽しく調査研究が進んでいる。
筆者もいうように非売春婦の女性が、売春婦の発言を聞かずして売春哲学を語るのは、もはや許されないだろう。
女性フェミニストが、売春婦を自分とは無関係の他者として、
学問の対象にするのはもはや許されない。
わが国も、筆者のような根源的なフェミニストの女性が、早く登場して欲しいものだ。
(2003.3.28)
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参考:
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991

ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001
山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999

謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト幻冬舎文庫、2002
プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
白倉敬彦「江戸の春画」洋泉社、2002
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002

匠雅音「性差を超えて」新泉社、1992

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