匠雅音の家族についてのブックレビュー    庶民たちのセックス−18世紀イギリスにみる性風俗|ジュリー・ピークマン

庶民たちのセックス
18世紀イギリスにみる性風俗
お奨度:

著者:ジュリー・ピークマン   KKベストセラーズ 2006年 ¥2700−

 著者の略歴−オックスフォード・ブルックス大学教官。UCL(ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ)ウェルカム財団医学史研究所名誉特別研究員。UCLにおいて博士号を取得。2003年には前著『Mighty Lewd Books(淫らな書物)』を出版した。ロンドン在住。
 本書は、1680年から1830年にわたる、イギリス人の性をめぐる物語である。
この期間は、我が国でいえば、おおよそ江戸時代にあたる。
我が国の江戸時代のセックス事情は、さまざまに書かれたものが出版されている。
我が国と比べてみると、面白いことが判ってくる。
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 我が国では、江戸時代は前近代といわれるが、イギリスのこの時代は近代に入りつつあった。
いや、むしろ輝ける大英帝国の時代であり、海外進出もすすみ活気にみちた時代だった。
ロンドンは100万人の人口をかかえ、さまざまな娯楽もあふれていた。
もちろん売春婦も盛況をきわめていた。

 我が国でも、吉原などが盛況だったが、ロンドンでも同様だった。
そして、高級娼婦は、正式な紹介を受けないかぎり、会うことすらできなかったという。
吉原の花魁と同じであろう。
また、女性向けのサービスもあったというから、これまた我が国と同様である。

 しかし、我が国と大きく違うことがあった。
それは、女性の貞節が重視され、結婚までは処女であることが要求された。
我が国が、女性のセックスに寛容であることは、ポルトガルの宣教師ルイス・フロイスが、日本女性は処女の純潔を少しも重んじないし、それを欠いても名誉も失わなければ、結婚もできると、「日欧文化比較」に記している。

 近代化が始まっていたイギリスでは、セックスは夫婦間で生殖を目的として行うとされたが、実際は逸脱が横行していた。
夫婦間のセックスだけを正当としてしまうと、かならず女性が被害者になる。
性のダブル・スタンダードは、男性に有利で女性に不利であることは、その後の我が国を見れば明らかである。

 結婚とセックスの関係は、我が国とイギリスでは大きく違った。
しかし、着衣のままセックスをおこなうのは、どちらも同様だった。

 売春宿の女将でありながら、ペグは客と娼婦メアリー・ラッセルの「ズボンを履いていない」性行為を見て仰天している。当時、性行為は着衣のまま行われることが多く、裸のセックスは淫らで珍しい行為だったため、ペグが驚いたのも無理はない。その情熱的な愛の営みに夢中になっていた二人は、うっかり火事を起こした。セックスが招いたその火災について、ペグはこう書き残している。「リムリッタ出身のミス・メアリー・ラッセルは溌剌とした小柄な娘で、愛の宴の最中、まさにハンフリー対メンドーザ(当時の有名なボクサー)顔負けのスタイルで−つまり、二人とも『裸と裸』で抱き合っていましたが、つづれ織りの壁掛けの陰にろうそくがあるのを忘れ、夢中になったあげくセメレーのように愛の炎で危うく命を落とすところでした。P111

 今では日本人もイギリス人も、男女ともに全裸でセックスを行うだろう。
100年前には着衣のままで、セックスをおこなっていた。
性器の部分だけをだして、性器を結合してはげんだのである。
それでも男女ともに、快感があったことは言うまでもない。

 かつてのイギリスでは、セックスは快楽のためではなかった。
生殖のためだったから、着衣のままが常識だったのかも知れない。
常識というのは、なかなか逸脱できないものだ。
だから、快楽を求めた売春婦とのセックスでも、着衣のままことに及んだのだ。

 売春婦との関係は、逸脱したセックスかも知れない。
しかし、セックスの常識にしたがったまま、結婚制度から逸脱したにすぎない。
着衣のセックスより、全裸で行うセックスのほうが、もちろん快楽追求というでは、より激しいものがある。
常識にしたがって快楽を追求する姿が、着衣のセックスなのである。

 現代社会では、セックスに生殖の意味はほとんどない。
快楽の追求が現代のセックスの常識となっているから、男女ともに全裸でのぞむのであろう。

 子供が欲しい若い夫婦にとっては、セックスは妊娠するために行うものかもしれない。
でも彼(女)等のセックスも、全裸で行われているに違いない。
しかし、現代セックスの常識は、妊娠のために行うのではない。
だから、生殖のためにセックスをおこなうときも、常識にしたがって全裸になるのである。

 本書は、ホモにも触れている。
当時、ソドミーは自然に背く性行為を意味したというが、男性間の肛門性交もそのひとつだった。
しかし、ここでいう男性間の性交は、同じくらいの年齢の男性間のそれではなかった。
男性が好むのは、少年とのセックスだったという。つまりホモである。

 ホモは歴史上どこの世界にも、いつの時代にもあった。
成人男性が少年を相手にするホモは、年齢秩序にしたがった行為だった。
そのため、成人男性が少年の肛門に挿入するかぎり認められていた。
しかし、同じくらいの年齢の男性間でセックスをするのは、つまり、いまでいうゲイは絶対的なタブーだった。

 同じくらいの年齢の男性間のセックスは、社会秩序にたいする脅威とみなされたので、非合法化されていた。
同じくらいの年齢の男性間のセックスは、社会が受け継ぐべき文化を否定する行為だった。
文字の役割が低かった当時、文化は年長者から年少者へと、身体によって伝えられたのだ。
だからホモは許されたが、ゲイは許されなかったのだ。

 女性は文化を担うものとは見なされていなかったので、女性は社会の埒外だった。
女性の行動は、社会的な否定の対象にならなかった。
そのため、女性同士のセックスは非合法化されていなかった。

 イギリスにおいては、レズビアンはホモセクシュアルほど危険視されていなかったことは間違いない。男性同士のセックスは明らかに自然の摂理に背く行為であり、文明社会に対する冒湧とみなされていた。男性同士のソドミーは死刑に値する重罪だったが、少なくともイギリス国内では女性が同性愛の罪で死刑宣告を受けることはまずなかった。P249

 本書を読んでいると、近代という時代は、どんな時代だったかがよくわかる。
すでに近代に入っていたイギリスと、まだ近代化していなかった江戸時代では、セックス観が違ったのだ。
明治になると、我が国の女性の地位が下がったように、セックスにもさまざまなタブーが発生したのは、周知のとおりである。

 「王たちのセックス」と同じ版元から出版されているが、内容はずいぶんと違う。
 (2009.2.21)
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参考:
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991

ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001
山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999

謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト幻冬舎文庫、2002
プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
白倉敬彦「江戸の春画」洋泉社、2002
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002

匠雅音「性差を超えて」新泉社、1992

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