匠雅音の家族についてのブックレビュー   南極1号伝説−ダッチワイフからラブドールまで特殊用途愛玩人形の戦後史|高月靖

南極1号伝説
ダッチワイフからラブドールまで
特殊用途愛玩人形の戦後史
お奨度:

著者:高月靖(たかつき やすし) 2008年 バジリコ株式会社 ¥1600−

 著者の略歴−雑誌、書籍の編集を経てフリーライターに。内外の社会事象を幅広く扱う。著書に『韓国の「変」コリアン笑いのツボ82連発!』(パジリコ)、『韓流ドラマ、ツッコミまくり』(パジリコ)、『図解雑学世の中のしくみ』(ナツメ社)、『にほん語で遊ぶソウル』(アドニス書房)、『大事なとこだけ総まとめ時事用語』(永岡書店)、『美味しい韓国語』(技術評論社)などがある。
 本サイトは性が人間存在の、根幹を支える一つだと考えている。
そのため、「張形−江戸をんなの性」という本を取り上げている。
張形とは男性器の形をしており、女性が自分で使う性具である。
それにたいして、男性が使う性具もある。
とりわけ女性に似せた性具人形を、昔から「吾妻形人形」と呼んできた。
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 今では女性用の性具は、あまり特異な話題にはならないが、男性向けの性具人形は<ダッチ・ワイフ>といわれて、特殊な目で見られている。
この違いは、おそらく近代の男女観にあると思う。
前近代では、女性の性感追求が認められていた。
それに対して、近代に入ると女性の性は、男性によって支配されるようになり、男性が女性の性感を開発すると思われるようになったためだろう。

 女性用の性具は、男性が女性を相手に使うことを想定し、男性による女性支配の補助具となった。
しかし、男性が使う性具は、男性だけで完結してしまうため、女性を男性が支配する構造から逸脱する。
男性が女性を指向しないで、男性だけで完結することは、近代では許されていないのだ。

 男性だけでの完結が許されないのは、ゲイが否定されてきた構造と同じだが、そのために、男性が使う性具は、否定的に見られてきたのだろう。
しかし、男性だけの社会では、ホモが流行るように、どうしても男性指向が強まる。敗戦直後の男性集団といえば、南極探検隊だった。
若い男性の性処理をどうするかということで、ダッチ・ワイフが作られて、南極に持って行かれたらしい。

 本書は、南極の話を枕にして、ダッチ・ワイフからラブドールへと変わってきた、性具人形=抱き人形の記述である。
ラブ・ドールの元来の目的は、張形と同様に、性欲処理のための道具である。
しかし、妄想の支配する男性の性こと、興味ある記述もある。

 (吾妻形人形について)もう1つは、落ちぶれた財産家の話。妻と別れて数人の使用人と暮らしていた男は、つき合いで初めて遊郭を訪れる。そこである遊女を見初め、苦労の末に結婚に至った。ところがその翌年、遊女は病気で死んでしまう。悲しんだ男は、死んだ遊女と瓜二つの人形を細工人に作らせた。その仕上がりに満足した男は、人形とともに生前と同じ生活を始める。遺品の着物を着せ、生前の遊女と同じように話しかけ、食事の膳を用意し、夜は床をともにした。
 ある日、男が所用で出かけることになった。暮れ方に戻ると人形に告げて家を出たが、思いのほか帰りが遅くなってしまう。男が急いで戻ると、部屋にいた人形が待ちわびて迎えに出たかのように敷居のところまで動いていたという。
 男はその年、病気で没した。後始末を任された手代は人形の着物を呉服屋に売ろうとしたが、人形は押しても引いてもぴくりとも動かない。さらにその肌は人間のように温かく、手代は恐れをなして僧侶を呼んだ。僧侶がお経を唱えると何の変哲もない人形に戻り、亡き夫とともに葬られたという。P25

 この話は、まるで三島由紀夫の「美神」のようだ。思い入れが対象に乗り移るさまは、妄想=観念の極みであり、男性の性意識が肉体的なものだけではないことを物語る。
しかし、そのために逆に、女性からはスケベと蔑視され、近代の性意識の操作対象になったのだ。
 当初、空気枕のようなダッチ・ワイフだったが、技術革新の波にのって、実物の女性のようになってきた。
シリコンが普及すると、その造形は人間に近いものになってきた。
今では1体60〜70万円もする、高価な抱き人形が市販されている。
そして、この世界もインターネットが激変させたという。

 ダッチ・ワイフからラブ・ドールへと呼び名が変わっても、その主目的は男性の性欲処理である。
現代社会では、性は秘すべきものとされているので、ラブ・ドールの取り扱いには悲喜こもごもが起きる。

 というのもダツチワイフのお客さんは、ただ性欲処理に因っている健康な人だけじゃない。家庭的、身体的な問題を抱えた人も多く利用しています。何らかの障害が原因で他人に言えない切実なセックスの問題を抱えた人は、実はたくさんいますからね。そうした人たちが広告を見て、私たちのところへ電話や手紙を寄こしてくる。そこでもう1人のその人物が「相談室」でお客さんと直接会い、1時間、2時間とじつくり話を聞いてアドバイスしていました。P87

 性欲を否定的にみる風潮が強い現在、性的な観念に遊ぶことも否定的に見られている。
しかし、男性に性欲のない世界がきたら、人類は存続できないのだし、それでは女性も困るだろう。
おいしいものを食べることが肯定されるように、性を堪能することも肯定されるべきである。
 本書を読んでいて感じたことは、性が秘密の世界であることを肯定しつつ、人間にとって重要な部分であることの認識を、男女が共有するのが大切ということだ。
性器の精巧な造形は、違法なのだそうだ。
性の世界における、個人的な嗜好を大切にし、官憲による管理の目を入れないことだ。

 余談ながら、「ラースと、その彼女」という映画が、ダッチワイフをつかっていた。なかなかに面白い映画に仕上がっていた。ただし、映画につかわれていたダッチワイフは、アメリカ製だった。
 (2009.1.12)
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参考:
参考:匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991

ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001
山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999

謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト幻冬舎文庫、2002
プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
白倉敬彦「江戸の春画」洋泉社、2002
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
パット・カリフィア他「ポルノと検閲」青弓社、2002

匠雅音「性差を超えて」新泉社、1992

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