匠雅音の家族についてのブックレビュー    性の政治学|ケイト・ミレット

性の政治学  お奨度:

著者:ケイト・ミレット ドメス出版、1985年 ¥5、459−

著者の略歴1934年生まれ。ミネソタ大学を卒業後、オックスフォード大学に留学。アメリカに帰国後、 女性解放運動に加わり、コーネル大学で講演をおこなったりした。ラディカル・フェミニストとして、初期の女性運動に大きな影響力を持った。 両性愛者であることをカムアウトしている。
 1961〜3年のあいだ、筆者は2年間にわたりわが国に滞在したことがある。
しかも、筆者の親しい友人(後の伴侶)が日本人だったことから、
日本のなかに入りながらも、異質なる者としての存在を経験した。
それはガイジンのオンナであるという理由で、男女の秩序の埒外におかれたのである。
TAKUMI アマゾンで購入

 1960年代の初めだったので、筆者の日本体験は、すこぶる封建的な男女関係を目撃させられた。
男性にのみ許された性にかんする二重規範、夫という男性に尽くす女性たち、
建て前と本音の使い分けによる陰湿な差別、などなど筆者は日本の後進性を、心底体験する。
当時でも、家事をするフランクな男性はいたが、それは圧倒的な少数だった。
私は、1970年頃に「性差を越えて」のさわりを書いたが、
まったく理解されなかったから、筆者の感じたことはよく判る。
本書は650ページにのぼる大著で、次の3部から構成されている。

1部 性の政治
2部 歴史的背景
3部 文学への反映


 性の政治は、文学作品のなかの性交シーンの分析から始まる。

ノーマン・メーラーやヘンリー・ミラーといった作家の文章が引用され、性交が男性の主導のもとで描かれていると述べる。

 これまでにわれわれが検討してきた性描写の三つの例は、その中で支配と権力の観念が大きな役割を演じているという点できわだっていた。交接が真空の中でおこなわれることはまずありえない。交接は、それ自体では生物学的、肉体的行為のように見えるが、人間相互のかかわりあいというさらに大きな文脈の中に抜きさしならずおかれているので、文化が是認するさまざまな態度や価値の充満する縮図としての役割を果たす。さらに交接は何ものにもまして個人的ないし私的預域における性の政治のモデルとしての役割をもちうる。P69

 つまり生理的な行為である性交も、社会的な文脈のなかで読まれると言うわけである。
ミレイユ・ラジェの「出産の社会史」でも、生理的な行為である出産は社会的なものだ、
と同じようにいわれている。
そして、父権制のなかでつくられた男女の違いは、人間の本性から生じたものではない、という。
人間の行動や人格は、社会的な産物であるという意見には賛同するが、筆者が次のように言うのは賛同できない。

 男性優位主義は、他の政治的信条と同じく、最終的には体力に宿るものではなく、生物学とは無縁の価値体系を受け入れるところにある。P75

 体力に還元されてしまうと、社会的な男女差が解消できないものとなってしまう。
そのため、どうしても生物学の領域へ話を広げたくないのだろう。
本書が書かれたのは1970年だから、やむを得ないところでもある。
当時は、まだ情報社会化が充分に開花しておらず、女性が男性支配の体制に挑戦するには、体力差を認めるわけにはいかなかった。
しかし、いまでは女性台頭の理由は、労働における体力の無化だと判っているので、女性の非力さを男女差別の根拠にしても、何の問題もなくなった。
非力さが差別の根元だったと言っても,女性の台頭にはまったく不利にはならない。

 本書の役割は、1970年頃には充分にあった。
本書は、後年わが国でも台頭してくるフェミニズムの、理論的な背景を支えた。
しかし、今から読み返してみると、何ら新たな理論を提起しているわけではない。
本書は現状を追認しているにすぎない。
フロイトにかんしても、女性のペニス・コンプレックスが根拠ないものだ、というのは常識であろう。

 ペニス羨望論を定式化するにあたって、フロイトは、女性の不満を社会的に説明する可能性を無視したばかりでなく、男性をぬきんでさせる性器に女が文字どおりの嫉妬を寄せると仮定することによって、その可能性を締め出してしまったのである。成人の女性にこういう嫌疑をかぶせるのはばかげて見えるため、子どもと、はるか昔の幼年時代に起こつた激烈な体験とがもち出される。こうして、適応しているいないにかかわらず、女性の成長のほぼ全体を、去勢の事実を発見した、その激動の一瞬を中心にして見ていくことになる。P322

 手や足と違って、ペニスは何の力ももっていない。
だから、フロイトのペニス羨望論を否定してみても、体力を差別の根拠とする論理の否定には届かない。
筆者が彫刻家であり、文学を好んだという資質ゆえにか、労働の領域へと論がおりていない。
女性の論には、この傾向がその後も続くのだが、どうしても現状をなぞるに終始する。

 1970年という、女性が台頭しはじめた時代の記念碑として本書を読むと、
さまざまに懐かしいシーンがめぐってくる。
本書が書かれたような熱気を、今のフェミニズムはもはや持続していない。
社会的な男女差つまり性差と、生理的な性別の分離に目をやらず、
生理的な女性であることにこだわり続ける限り、今後も女性の運動には未来がない。
逆に言うと、今日になってもフェミニズムは、本書の範囲から一歩もでていない。
実に残念である。

    感想・ご意見などを掲示板にどうぞ


参考:
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
S・メルシオール=ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
顧蓉、葛金芳「宦官 中国四千年を操った異形の集団」徳間文庫、2000
フラン・P・ホスケン「女子割礼:因習に呪縛される女性の性と人権」明石書店、1993
エヴァ・C・クールズ「ファロスの王国 T・U 古代ギリシャの性の政治学」岩波書店、1989
田中優子「張形 江戸をんなの性」河出書房新社、1999
フランチェスコ・アルベローニ「エロティシズム」中央公論 1991
ジョルジュ・バタイユ「エロスの涙」ちくま学芸文庫、2001
オリビア・セント クレア「 ジョアンナの愛し方」飛鳥新社、1992
石坂晴海「掟やぶりの結婚道 既婚者にも恋愛を!」講談社文庫、2002
梅田功「悪戦苦闘ED日記」宝島社新書、2001
山村不二夫「性技 実践講座」河出文庫、1999
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
プッシー珠実「男を楽しむ女の性交マニュアル」データハウス、2002
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
福田和彦「閨の睦言」現代書林、1983
田中優子「張形−江戸をんなの性」河出書房新社、1999
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1995
アンドレア・ドウォーキン「インターコース」青土社、1989
カミール・パーリア「セックス、アート、アメリカンカルチャー」河出書房新社、1995
シャノン・ベル「売春という思想」青弓社、2001
シャノン・ベル「セックスワーカーのカーニバル」第三書館、2000
アラン・コルバン「娼婦」藤原書店、1991
曽根ひろみ「娼婦と近世社会」吉川弘文館、2003
アレクサ・アルバート「公認売春宿」講談社、2002
バーン&ボニー・ブーロー「売春の社会史」筑摩書房、1991
編著:松永呉一「売る売らないはワタシが決める」ポット出版、2005
エレノア・ハーマン「王たちのセックス」KKベストセラーズ 2005 
高橋 鐵「おとこごろし」河出文庫、1992
正保ひろみ「男の知らない女のセックス」河出文庫、2004
ロルフ・デーゲン「オルガスムスのウソ」文春文庫、2006
ロベール・ミュッシャンプレ「オルガスムの歴史」作品社、2006
菜摘ひかる「恋は肉色」光文社、2000
ヴィオレーヌ・ヴァノイエク「娼婦の歴史」原書房、1997
ジャン・スタンジエ「自慰」原書房、2001
ジュリー・ピークマン「庶民たちのセックス」 KKベストセラーズ、2006
松園万亀雄「性の文脈」雄山閣、2003
ケイト・ミレット「性の政治学」ドメス出版、1985
謝国権「性生活の知恵」池田書店、1960
山村不二夫「性技−実践講座」河出文庫、1999
ディアドラ・N・マクロスキー「性転換」文春文庫、2001
赤川学「性への自由/性からの自由」青弓社、1996
佐藤哲郎「性器信仰の系譜」三一書房、1996
ウィルヘルム・ライヒ「性と文化の革命」勁草書房、1969
田中貴子「性愛の日本中世」ちくま学芸文庫 2004
ロビン・ベイカー「セックス・イン・ザ・フューチャー」紀伊國屋書店、2000
酒井あゆみ「セックス・エリート」幻冬舎、2005  
大橋希「セックス・レスキュー」新潮文庫、2006
アンナ・アルテール、ベリーヌ・シェルシェーヴ「体位の文化史」作品社、2006
石川弘義、斉藤茂男、我妻洋「日本人の性」文芸春秋社、1984 
高月靖「南極1号伝説」バジリコ、2008
石川武志「ヒジュラ」青弓社、1995
佐々木忠「プラトニック・アニマル」幻冬社、1999
生出泰一「みちのくよばい物語」光文社、2002
村上弘義「真夜中の裏文化」文芸社、2008 
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1994
岩永文夫「フーゾク進化論」平凡社新書、2009
ビルギット・アダム「性病の世界史」草思社、2003
メイカ ルー「バイアグラ時代」作品社、2009
イヴ・エンスラー「ヴァギナ・モノローグ」白水社、2002
橋本秀雄「男でも女でもない性」青弓社、1998
エヴァ・C・クールズ「ファロスの王国」岩波書店、1989
岸田秀「性的唯幻論序説」文春文庫、1999
能町みね子「オカマだけどOLやってます」文春文庫、2009
島田佳奈「人のオトコを奪る方法」大和文庫、2007
工藤美代子「快楽(けらく)」中公文庫、2006

「匠雅音の家族について本を読む」のトップにもどる