匠雅音の家族についてのブックレビュー  伽藍とバザール−オープンソース・ソフトLinuxマニュフェスト|E・S・レイモンド

伽藍とバザール
オープンソース・ソフトLinuxマニュフェスト
お奨度:

著者:エリック・スティーブン・レイモンド 光芒社、1999   ¥1800−

著者の略歴− 各種フリーソフトウェアの作者として広く知られていたが、同氏が、fetchmailの開発を通して得た経験を元に、Linux式開発モデルの成功を分析した論文「伽藍とバザール」を発表することで、一躍オープンソース運動の理論的指導者としての名声を獲得した。現在は、「Open Source Initiative」の会長、オープンソース界を代表するスポークスマン。 著書に、「The New Hackers Dictionary」(「ハツカーズ大辞典」アスキー)、「Learning GNU Emacs」共著、オライリー社、「THE CATHEDRAL&THE BAZAAR」オライリー社
 本書は5部構成になっているが、筆者の主張は、「伽藍とバザール」「ノウアスフィアの開墾」「魔法のおなべ」と、前半の3部で展開される。
コンピュータは、ハードとソフトからできているのは周知である。
大型コンピュータの時代には、ハードが売られてそのおまけにソフトがついてきた。
しかし、パソコンの時代になって、ソフトだけが売れるようになった。
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 ソフトは一度書けば、何度でもコピーできる。
マイクロソフトを代表とするソフト屋さんが、コピーを売って大儲けを始めた。
しかし、ソフトは書くけど、儲けるつもりのない人もいた。
他人の成果を使わせてもらうのだから、それに手を加えても、そのまま公開すべき、と考えたのである。
プログラムされたソフトも、機械言語に置きかえてしまえば、内容はまったく判らない。
そこで、ソースを公開することになったが、これがオープンソースの考え方である。

 本書から読み取るべきは、情報社会での働き方である。
今までは労働を誘発する刺激は、お金であると考えられてきた。
プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」でもわかるように、禁欲的な労働こそがお金につながり、お金を貯めることは神への奉仕だった。
だから、お金が労働の刺激になった。
しかし、今ではそれが桎梏になっている。
労働は生きるためにやむを得ずするもので、本当はしたくないと思い始めた。

 本書は、なぜプログラミングするかの質問に、面白いから暇だからと応える。
豊かな社会での返答である。
豊かな社会では、暇つぶしと思える心の動きが、人間を動かす。
だから、その成果を興味のある人に、知ってもらいたい。
そして、より進化させたいとなる。
その代表例が、リナックスである。

 リナックスは、意識的かつ成功裏に全世界を才能プールとして使おうとした最初のプロジェクトだった。リナックス形成期が、WWW(World Wide Web)の誕生と同時期なのは偶然ではないと思うし、リナックスが幼年期を脱したのが1993から1994年という、ISP産業がテイクオフしてインターネットへの一般の関心が爆発的に高まった時期と同じなのも偶然ではないだろう。リーヌスは、拡大するインターネットが可能にした新しいルールに従って活動する方法を見いだした、最初の人間だったわけだ。P51

 それ以降のリナックの展開は周知だろう。
いまやマイクロソフトのOS、ウィンドウズを脅かすまで成長した。
リナックス成長の過程が、今後の働き方を示している、と筆者は言う。

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 たしかに楽しさが労働を刺激する。
それは事実だろう。
今後の働き方は、是非そうなってもらいたい。
しかし、そこには大きな限界があるようにも感じる。
物事を創造的に楽しめるのは、才能のある人間だけではないか。
本書でも言っているが、オープンソースが成功したのは、その世界がプログラミング人口のトップの5%しか、受け入れなかったからだ。
創造は神の仕事であり、誰にでも創造的な仕事ができるわけではない。
だから才能をギフトとよぶのだ。

 ハッカー界の社会理念によって、有能な者だけが容赦なく選ばれる。ぼくの友だちは、オープンソース界と巨大閉鎖プロジェクトとの両方を知っていて、オープンソースが成功した理由の一部は、その文化がプログラミング人口のトップ五%しか受け入れないからだ、と信じている。彼女は、残り九五%の動員を組織するのに時間を費やしている。そして、最高のプログラマと、単に有能なだけのプログラマとの百倍もの生産性のちがいというのを、直接見せつけられているのだ。P60 

 肉体労働の時代には、個人間で生産性に大した違いはなかった。
平均人の2倍とか3倍も仕事ができれば、もう大変な働き者だった。
しかし、頭脳労働では違う。
優秀な者とそうでない者との差が、圧倒的に開くのだ。
頭脳労働には、最初から人間の格差を内包している。
これほどの不公平があるだろうか。
平均的な人間が報われないとしたら、平均的な人間の労働意欲を、どのように確保するのだろうか。

 情報社会への競争から降りることができるなら、そうしたいものだ。
しかし、社会の趨勢とは個人の恣意を許さない。
とりわけインターネットでつながった社会は、場所や国境を越えてくる。
わが国だけが、競争から降りようにも降りることはできない。
競争から降りたらとたんに、農耕社会に逆戻りである。
現在の豊かな社会を知った人間には、農耕社会の厳しい生活には耐えられないだろう。
 しかし、
 
 自由のためにオープンソースを使っていただく、というのは変だと思う。オープンソースはそれ自体メリットのあることで、だから採用しましょう、というのをきちんと説得できなければ、絶対に行き詰まるよ。だってそうでないとしたら「オープンソースは実はダメなんだけれど、自由な社会のために我慢して使ってください」ってこと? ダメダメ。そんなのサステイナブル(sustainable)じゃないでしょう。そしてぼくは、オープンソースはそれ自体で理にかなったものだと思っている。そうじゃなきや、こんなのやらないよ。P218

とも思うので、困ってしまうのだ。

 近代は、自由、平等、博愛といった。
自由が先行したから資本家によって収奪されて庶民は苦しんだが、やがて福祉の導入により平等が追いついてきた。
そして、フェミニズムによって男女の平等が射程に入った。
しかし、情報社会に入ろうとする今、本書のように自由を求める声があがり始めている。
自由を求める声が、新たな時代を切りひらくのではあろうが、
同時に社会的な格差もまたもたらされる。   (2002.9.6)
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参考:
ペッカ・ヒマネン「リナックスの革命 ハッカー倫理とネット社会の精神」河出書房新社、2001
マイケル・ルイス「ネクスト」アウペクト、2002
ダイアン・コイル「脱物質化社会」東洋経済新報社、2001
マックス・ウエーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫、1989
I・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997
ロバート・L・バーク「わたしたちはなぜ科学にだまされるのか」主婦の友、2001
山田奨治「日本文化の模倣と創造」角川書店、2002
アラン・ブルーム「アメリカン・マインドの終焉」みすず書房、1988
ソースティン・ヴェブレン「有閑階級の理論」筑摩学芸文庫、1998
オルテガ「大衆の反逆」白水社、1975
ジャック・ラーキン「アメリカがまだ貧しかったころ 1790-1840」青土社、2000
I・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997
木村英紀「ものつくり敗戦」日経プレミアシリーズ、2009
アントニオ ネグリ & マイケル ハート「<帝国>」以文社、2003
三浦展「団塊世代の戦後史」文春文庫、2005
クライブ・ポンティング「緑の世界史」朝日選書、1994
ジェイムズ・バカン「マネーの意味論」青土社、2000
柳田邦男「人間の事実−T・U」文春文庫、2001
山田奨治「日本文化の模倣と創造」角川書店、2002
ベンジャミン・フルフォード「日本マスコミ「臆病」の構造」宝島社、2005
網野善彦「日本論の視座」小学館ライブラリー、1993
R・キヨサキ、S・レクター「金持ち父さん貧乏父さん」筑摩書房、2000
クライブ・ポンティング「緑の世界史 上・下」朝日新聞社、1994

ダイアン・コイル「脱物質化社会」東洋経済新報社、2001
谷田部英正「椅子と日本人のからだ」晶文社、2004
塩野米松「失われた手仕事の思想」中公文庫 2008(2001)
シャルル・ヴァグネル「簡素な生活」講談社学術文庫、2001
エリック・スティーブン・レイモンド「伽藍とバザール」光芒社、1999
村上陽一郎「近代科学を超えて」講談社学術文庫、1986
吉本隆明「共同幻想論」角川文庫、1982
大前研一「企業参謀」講談社文庫、1985
ジョージ・P・マードック「社会構造」新泉社、2001
富永健一「社会変動の中の福祉国家」中公新書、2001
大沼保昭「人権、国家、文明」筑摩書房、1998
東嶋和子「死因事典」講談社ブルーバックス、2000
エドムンド・リーチ「社会人類学案内」岩波書店、1991
リヒャルト・ガウル他「ジャパン・ショック」日本放送出版協会、1982
柄谷行人「<戦前>の思考」講談社学術文庫、2001
江藤淳「成熟と喪失」河出書房、1967
森岡正博「生命学に何ができるか」勁草書房 2001
エドワード・W・サイード「知識人とは何か」平凡社、1998  
オルテガ「大衆の反逆」ちくま学芸文庫、1995
小熊英二「単一民族神話の起源」新曜社、1995
佐藤優「テロリズムの罠 左巻」角川新書、2009
佐藤優「テロリズムの罠 右巻」角川新書、2009
S・ミルグラム「服従の心理」河出書房新社、1980
北原みのり「フェミの嫌われ方」新水社、2000
M・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫、1989
デブラ・ニーホフ「平気で暴力をふるう脳」草思社、2003
藤原智美「暴走老人!」文芸春秋社、2007
成田龍一「<歴史>はいかに語られるか」NHKブックス、2001
速水融「歴史人口学で見た日本」文春新書、2001
J ・バトラー&G・スピヴァク「国家を歌うのは誰か?」岩波書店、2008
ドン・タプスコット「デジタルネイティブが世界を変える」翔泳社、2009

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