匠雅音の家族についてのブックレビュー    マネーの意味論|ジェイムズ・バカン

マネーの意味論 お奨度:

著者:ジェイムズ・バカン−青土社、2000年   ¥3200−

著者の略歴−1954年生まれのスコットランド系イギリス人作家。オックスフォード大学で(ペルシャとアラブの)東洋学を専攻した。1978年から90年の間は、経済専門紙フィナンシヤル・タイムズで働き、サウジ・アラビア(1978-80)、レバノン(1982)、ボン(1982-84)、ニューヨーク(1986-90)各地の特派員、1984年から86年にかけては同紙の(匿名)金融コラム 「レックス」の共同執筆者だった。1990年に同紙を離れ、ノフォークに妻と子ども3人とともに住み、執筆に専念している。
 原題は「Frozen Desire」で、お金に姿を変えた欲望という意味だそうで、
英文では<お金の意味の探求>という副題がついている。
本書はお金の意味というか本質といったものを、経済学とは違った側面から探求している。
筆者は1978年にサウジアラビアの新聞社で働いていた。
その頃から、お金に関して考え始め、イギリスの中産階級らしく、もちろん資産運用にも積極的である。
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 筆者の経歴から始まる本書は、ただちに古い時代へと遡り、
お金の始まりへと思考はとんでいく。
お金は商取引の媒介物だけではなく、
お金がもたらす欲望を充足させる力に、まず目が向く。
短い歴史しかもたない西洋人の常として、話は古代ギリシャに論及し、「イリアス」がもちだされる。
そして、ホメロスやヘロドトスが参照される。
古代ギリシャは、イギリスからはるか離れた場所である。
両者の距離のへだたりは、わが国と中国の距離の比ではない。
イギリスの故郷が、古代ギリシャだと錯覚しているようだ。
これは西洋人への皮肉である。

 お金は価値であり、価値は労働の結晶である、という話は常識だ。
お金は社会の経済活動を、円滑にするために登場したはずである。
しかし、いつの頃から、お金は労働とは切り離され、お金が独自の動きをするようになってくる。

 封建制度下の奉仕・献身のサービスには、マネーによる売り買いにみられる厳密さはまるでない。せいぜいが春の大売り出しキャンペーンほどの具体性と、生ある限りの忠誠心というほどの、曖昧なことである。マネーならいっさいの義務感をなくしてくれる−あなたほこの本を買った本屋さんになにかお礼したいと思うかもしれないが、その必要はない−だからマネーは、相互の関係が長く続くこの世界にあってほ、致命的だとみえるのである。そして、これがまさしく現実となった。マネーは封建制の基底を食い荒らすことになったのである。ヨーロッパでは12世紀の末からこれがはじまり、日本では17世紀から、アラブの族長支配の社会では20世紀になってからはじまったのだ。P79

 農耕社会の終盤を、封建社会と呼ぶ。
封建社会では、王様や貴族もしくは武士たちが、支配階級として君臨していた。
この時代にもお金は存在したが、商品経済はまだ隆盛を迎えておらず、
人は神様といっしょに心安らかに生活していた。
信仰の時代には、シャイロックは極悪非道な人間だった。
お金が足りなくなった王様は、自分の足を食べて口を糊しようとしたが、それはいつまでも続くわけがなかった。
お金が、信仰と暴力の政治体制を打ち倒したのである。

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 私たちが記憶にとどめておく必要があるのは、近代以降は金銭が信仰の対象である、と喝破するハイネの有名な激しい調子の言葉が吐かれる百年前に、救世主イエス・キリストの使者のそのまた使者がみせた恩着せがましい行為によって、真の信教的精神的権威の在処がすでにして確認されたという時代認識である。P170

 皮肉をこめた筆者の時代認識は、なかなかに鋭い。
本書の中盤からは、近代へと話は入っていく。
お金が信仰の対象になれば、お金は形がないものになる。
形がないとすれば、それは人の心の中にしか存在しない。
つまり信用という形である。そして、それはバブルを必然化する。

 かつてあれほど武勇の誉れ高きフランスの宮廷に、ある日若きスコットランド人が姿を現し、破産した小貴族たちの前で銀行業のずばぬけた将来性を明かすに至る。  <ルイ・プラン>

と、ルイ・プランの言葉を引用して、次のように言う。

 この言葉(百万長者のこと)は、世界の言語への遺産である。それは、世のなかがひっくりかえった瞬間の世界からの、そしてあの策略の達人であり煽動者であったムッシュー・カンキャンポワこと、ローリストン出身のスコットランド人ジョン・ローその人からの遺産である。(中略)
 ジョン・ローなる人物は、その生きざまをとおして世界の歴史が方向を変えてしまうほどの影響力をもった人間の一人である。そのローが摂政時代のフランスに、数カ月間しかもたなかったとはいえすべてを包含した金融システムを構築した。P168


 中性化されたお金の平等性が、騎士道的な寛大さと無礼さをあわせもって、性差を解消するという。
女性が自分を女だと思うのは、男性が自分を男だと思う程度にすぎず、両性の融合は無限に続く。現代社会では、借りたお金が返済できなくて、監獄に送られることはない。
借金が欲求不満を買い取ってくれ、未来のことは未来が面倒を見てくれる。
いまや、それがお金の仕事なのだ。ここではマルクスやケインズは、ずっと昔に通り過ぎている。

 暴力をお金に置きかえることが洗練を意味し、湾岸戦争では多国籍軍が出動した。
サウジアラビア政府とクウェート政府が多国籍軍に支払ったのは、約100億ドルだった。
そこではイラク兵を一人殺すのに、100万ドルかけた計算になる。
「信仰の時代」のあとにやってきた「お金の時代」は、
どうやら先が見え始めたようだ、といって本書は閉じられている。
ここでも近代は終焉を迎え、次の時代に入っていると予感されている。
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参考:
アラン・ブルーム「アメリカン・マインドの終焉」みすず書房、
I・ウォーラーステイン「新しい学 21世紀の脱=社会科学」藤原書店、2001
レマルク「西部戦線異常なし」新潮文庫、1955
ヘンリー・D・ソロー「森の生活」JICC出版局、1981
野村雅一「身ぶりとしぐさの人類学」中公新書、1996
永井荷風「墨東綺譚」新潮文庫、1993
服部真澄「骨董市で家を買う」中公文庫、2001
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
増田小夜「芸者」平凡社 1957
福岡賢正「隠された風景」南方新社、2005
イリヤ・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002
増川宏一「碁打ち・将棋指しの誕生」平凡社、1996
宮本常一「庶民の発見」講談社学術文庫、1987
青木英夫「下着の文化史」雄山閣出版、2000
瀬川清子「食生活の歴史」講談社、2001
鈴木了司「寄生虫博士の中国トイレ旅行記」集英社文庫、1999
李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983
ニコル・ゴンティエ「中世都市と暴力」白水社、1999
ペッカ・ヒマネン「リナックスの革命」河出書房新社、2001
R・L・パーク「私たちはなぜ科学にだまされるのか」主婦の友社、2001
平山洋介「住宅政策のどこが問題か」光文社新書、2009
松井修三「「いい家」が欲しい」三省堂書店(創英社)
匠雅音「家考」学文社

M・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫、1989
アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
桜井哲夫「近代の意味:制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
桜井哲夫「近代の意味:制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
ソースティン・ヴェブレン「有閑階級の理論」筑摩学芸文庫、1998
オルテガ「大衆の反逆」白水社、1975
E・フロム「自由からの逃走」創元新社、1951
アラン・ブルーム「アメリカン・マインドの終焉」みすず書房、1988
イマニュエル・ウォーラーステイン「新しい学」藤原書店、2001
田川建三「イエスという男」三一書房、1980
ポール・ファッセル「階級「平等社会」アメリカのタブー」光文社文庫、1997
橋本治「革命的半ズボン主義宣言」冬樹社、1984
石井光太「神の棄てた裸体」新潮社 2007
梅棹忠夫「近代世界における日本文明」中央公論新社、2000
小林丈広「近代日本と公衆衛生」雄山閣出版、2001
前田愛「近代読者の成立」岩波現代文庫、2001
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
フランク・ウェブスター「「情報社会」を読む」青土社、2001
ジャン・ボードリヤール「消費社会の神話と構造」紀伊国屋書店、1979
エーリッヒ・フロム「自由からの逃走」創元新社、1951
ハワード・ファースト「市民トム・ペイン」晶文社、1985
成松佐恵子「庄屋日記に見る江戸の世相と暮らし」ミネルヴァ書房、2000
デビッド・ノッター「純潔の近代」慶應義塾大学出版会、2007
北見昌朗「製造業崩壊」東洋経済新報社、2006
小俣和一郎「精神病院の起源」太田出版、2000
松本昭夫「精神病棟の20年」新潮文庫、2001
斉藤茂太「精神科の待合室」中公文庫、1978
ハンス・アイゼンク 「精神分析に別れを告げよう」批評社、1988
吉田おさみ「「精神障害者」の解放と連帯」新泉社、1983
古舘真「男女平等への道」明窓出版、2000
ジル・A・フレイザー「窒息するオフィス」岩波書店、2003
三戸祐子「定刻発車」新潮文庫、2005
ケンブリュー・マクロード「表現の自由VS知的財産権」青土社、2005
フリードリッヒ・ニーチェ「悦ばしき知識」筑摩学芸文庫、1993
ソースティン・ヴェブレン「有閑階級の理論」筑摩学芸文庫、1998
リチヤード・ホガート「読み書き能力の効用」晶文社、1974
ガルブレイス「ゆたかな社会」岩波書店、1990
ヴェルナー・ゾンバルト「恋愛と贅沢と資本主義」講談社学術文庫、2000
C.ダグラス・ラミス「ラディカル デモクラシー」岩波書店、2007
オリーブ・シュライナー「アフリカ農場物語」岩波文庫、2006
エマニュエル・トッド「新ヨーロッパ大全」藤原書店、1992


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