匠雅音の家族についてのブックレビュー    住まいと厠|李家正文

住まいと厠 お奨度:

著者:李家正文(りのいえ まさふみ)
鹿島出版会、1983年 ¥1、400−(絶版)

著者の略歴−1909年広島県に生まれる。国学院大学国文科卒業。同研究科修了。広島女学院専門学校専任講師を経て、朝日新聞記者、同社出版局編集長、部長など歴任。日本風俗史学会監事、随筆家。文学博士。著書−「厠風土記」1953年東和社、「トイレット博士」1965年秋田書店、「泰西中国トイレット文化考」1973年雪華社他多数
 厠といえば、この人だろう。
最近では多くの人がトイレに注目するようになったが、筆者の厠研究は年季が入っている。
1909年生まれということは、まだ存命だろうか。
私は、かつて一度お手紙をいただいたことがある。
TAKUMI アマゾンで購入
住まいと厠

 筆者によって、トイレ開眼をした人は多いに違いない。
筆者の活動を見ていると、興味の広がり方が理想的である。
トイレを追って歴史へ、もちろん建築へ、文学へと、さまざまな方向へ広がっている。
教えられることの多い著書である。
本書は、住まいと厠という題名がついているが、厠だけをあつかったものではない。

2部構成になっており、第1部は、次のような目次である。

 門、塀、玄関、廊下、階段、寝室、厠、風呂場、壁、破風の味、背景の壁、風流の壁、瓦の屋根、鳩のいる屋根、家のお化粧、人間は穴居に終始する、天地根本造り

第1部の厠の項では、次のような指摘がある。

 世界各地の民族には、それぞれ異なった便所の様式がある。それは その地方の自然の状態と、民族固有の文物との影響によって生まれ、 社会の進展につれて、つねに変わった。大体、水の豊かな環太平洋、 インド洋、地中海をふくむ湿潤地帯のW・Cウォーター・クローゼット(水で 処理し、かがむ方式)と、内陸の乾燥地帯におけるD・Cドライ・クロー ゼット(火や風や大気、土で処理し、腰かけ式)の二つに分かれる。P34

 ウォーター・クローゼットにかんしては、その通りだと思うが、
ドライ・クローゼットにかんしては少し疑問がある。
後者もやはり最初はかがんでいたのではないだろうか。
それがだんだんと腰掛け式になった、と考えたほうが自然な気がする。
次の指摘は、1983年になされたことを考えると、慧眼に驚きもする。

 明治になって欧米の水洗方式が輸入され流行するが、水や紙を大量に消費し、糞尿中の資源を無駄にする方法も、はたして賢明なことかどうかが再考されなければならない時代を迎えている。P37

広告
 最近の新聞報道によれば、ウォッシュレットの普及によって、トイレット・ペーパーの消費が減ったという。
これはわが国の歴史では、初めてのことである。
たしかに新築の時に注文されるのは、ウォッシュレットが多い。
全世帯数でも、ウォッシュレットの設置は10%を超えたとか、本当だろうか。
ウォッシュレットでは紙の節約にはなるが、糞尿中の資源を使ってはいない。
戦前まで、糞尿を資源として使っていたのだから、何とかしたいものである。
 
 第2部が次のようになっており、ほんとうの厠関係は第2部である。
  古代日本の厠について
    1. 国語の厠とその語義
    2. 古俗から見た厠
    3. 厠の考古学的考察
    4. 厠の史的変遷
  東大寺三面僧房の厠
  平安時代の御樋殿について
  厠神の信仰と幼児命名法
  使者の便所
  バーレン島発掘の古代便所
  あとがき

 わが国において、文献にあらわれてくる古い厠のことは、古事記が最初である。それは、同書中巻白檮原の条に、三島の湟咋の女、勢夜陀多良媛という美人がいた。三輪山の大物主の神が、その美しさを愛して、媛が厠に入ったとき、丹塗りの矢に変身して、厠の下から媛を驚かした。媛はその矢を持って来て置いたが、たちまちに壮夫となって、やがて媛と結婚した。P84

 いま厠の遺跡が発見されたからといって、ここにはじめて川屋が存在するのではなく、この発見が、単に国語のかはやの内容を傍証してくれただけであって、たとい発掘されなかったからといって、厠が川屋でなかったということにはならないのであるが、この発見はとにかく貴重である。
 これは昭和12年千葉県下でおこなわれた。惜しいことに、いままでの厠についての世人の知識からかけ離れているため注目されなかった。P98

こうして、筆者は厠に蘊蓄を傾けるのである。
ボクが「家考」を著したときも、筆者の著作にはお世話になった。
「家考」には私のトイレ観も記しておいたので、参照して下さい。
広告
  感想・ご意見などを掲示板にどうぞ
参考:
赤松啓介「夜這いの民俗学」明石書店、1984
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
今一生「ゲストハウスに住もう!」晶文社、2004年
クライブ・ポンティング「緑の世界史 上・下」朝日新聞社、1994
ダイアン・コイル「脱物質化社会」東洋経済新報社、2001
谷田部英正「椅子と日本人のからだ」晶文社、2004
塩野米松「失われた手仕事の思想」中公文庫 2008(2001)
青山二郎「青山二郎文集」小沢書店、1987
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002

谷田部英正「椅子と日本人のからだ」晶文社、2004年 
ヘンリー・D・ソロー「森の生活」JICC出版局、1981
野村雅一「身ぶりとしぐさの人類学」中公新書、1996
永井荷風「墨東綺譚」新潮文庫、1993
服部真澄「骨董市で家を買う」中公文庫、2001
エドワード・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、2000
高見澤たか子「「終の住みか」のつくり方」集英社文庫、2008
矢津田義則、渡邊義孝「セルフ ビルド」旅行人、2007
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
増田小夜「芸者」平凡社 1957
福岡賢正「隠された風景」南方新社、2005
イリヤ・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002
増川宏一「碁打ち・将棋指しの誕生」平凡社、1996
宮本常一「庶民の発見」講談社学術文庫、1987
青木英夫「下着の文化史」雄山閣出版、2000
瀬川清子「食生活の歴史」講談社、2001
鈴木了司「寄生虫博士の中国トイレ旅行記」集英社文庫、1999
李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983
ニコル・ゴンティエ「中世都市と暴力」白水社、1999
武田勝蔵「風呂と湯の話」塙書店、1967
ペッカ・ヒマネン「リナックスの革命」河出書房新社、2001
R・L・パーク「私たちはなぜ科学にだまされるのか」主婦の友社、2001
平山洋介「住宅政策のどこが問題か」光文社新書、2009
松井修三「「いい家」が欲しい」三省堂書店(創英社)
匠雅音「家考」学文社
バーナード・ルドルフスキー「さあ横になって食べよう」鹿島出版会、1985
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
S・ミルグラム「服従の心理」河出書房新社、1980
李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983
ペッカ・ヒマネン「リナックスの革命 ハッカー倫理とネット社会の精神」河出書房新社、2001
マイケル・ルイス「ネクスト」アウペクト、2002

「匠雅音の家族について本を読む」のトップにもどる