匠雅音の家族についてのブックレビュー    ダンボールハウス|長嶋千聡

ダンボールハウス お奨度:

著者:長嶋千聡(ながしま ゆきとし) 英知出版、2006年    ¥1300−

 著者の略歴− 1980年生まれ。中部大学工学部建築学科在学中、五十嵐太郎氏に師事。2002年、卒業研究をきっかけに、名古屋市内のダンボールハウスおよぴ「ダンボールハウス建築家」の調査をはじめる。その詳細なレポートと独自の視点が話題になり、建築専門誌『10+1』N0.31(lNAX出版)などで取り上げられる。また、ライフワークのヒッチハイク(2005年4月より一時中断中)では、名古屋−東京間をほぼ一定時間で行き来するという妙技を体得する。現在は、生まれ故郷の三重県で、毎日が繁りのような日々を送る。

 青いビニール・シートは、すでに市民権を得ており、様々な分野で使われている。
ホームレルの人たちも、ご愛用者である。
本書は名古屋市において、ホームレスといわれる人たちの家を、
2002年4月から2005年1月まで、70軒にわたり詳細に取材したものである。
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 質問項目は下記の通りであるが、内容のコメントも面白い。
住人の呼び名(ニックネーム)
住人の数
施工までの経緯
施工人数
施工費用
築年数
使用材料
鍵の有無および個数
窓の有無および個数
その他 周りの人間との付き合いの有無


 筆者は名古屋の大学の、建築科に籍をおく大学生である。
彼は卒論の題材として、ホームレスの家をインタビューによって構成した。
実に良い着眼点だと思う。
かつて家は、住む人自身によって造られた。
だから、木や藁、土といった手近にある材料が使われた。
しかし、今では家も商品となってしまったので、手近な材料ではく、遠く外国から運ばれたものを使っている。

 それに対してホームレスは、徹底して身近な材料を使っている。
まさにセルフビルドだから可能なことで、現代建築が忘れ去った材料の入手方法である。
しかし、ダンボールハウスというが、段ボールだけでできている家はない。
床はパレットをつかい、柱になる骨材をたて、その外に板状のものを貼っている。
そして、その外にビニール・シートを張って、雨対策としている。

 筆者に従えば、これらの家は次の形に分類されている。

  小屋型
  テント型
  小屋+テント型
  モノ構造体型
  寝袋型
  キャンピングカー型
  無セキツイ型
  ロープ型


 建築科の学生らしく、スケッチをふんだんにしているし、細かいところにも目が届いている。
何よりも良いのは、住人と親密な人間関係を確立してから、取材に及んでいることだ。
そのため、室内の様子がリアルに伝わってくる。

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 はじめて室内を見せてもらった、記念すべき1軒目のダンボールハウス。家主との世間話から、ダンボールハウス内部を見せてほしいと依頼するまで、調査開始からすでに2か月も経っていた。ようやくここにきてチャンスがめぐってきたのだと思うと、胸の高まりは最高潮に達した。
 まず、ドアを開け、靴を脱いでそろえて入る。公園の中にいるのに、他人の家に上がる。それだけですでにおかしな感覚だ。腰をかがめてやっと入れる室内には、テレビ、CD、ラジカセ、洋服ダンスなどが置かれている。壁には時計、カレンダーにはスケジュールがびっしり書き込まれている。ちゃぶ台の携帯電話は充電中で、じゅうたんの上の灰皿には、吸殻の山。台所スペースと思われるコーナーの食器棚には、「さしすせそ」の調味料がそろっている。あまりにも普通であった。一般家庭の室内と同様である。しかし、まぎれもなく、ここは路上なのである。窓の外に広がるのは、先ほどの公園の景色なのだ。P26


 清潔好きの現代の若者には、ダンボールハウスは不潔にみえ、
もっとも嫌な物なのではないだろうか。
彼は調査で、彼等の家に入って、その臭いが身体に染みついたと言っている。
しかし、彼はまったくめげることなく、その後、ダンボールハウスのなかで、
一緒に食事をしたり、けっこう楽しんでいる。

 本書によって知らされるのは、ダンボールハウスも普通の家とまったく違わないことだ。
外部の人たちからは、色眼鏡で見られるが、住人たちにはきちんとしたコミュニティがある。
そして、ダンボールハウスも自分で建てた物ばかりではなく、
仲間のホームレスに外注に出して建ててもらったり、賃貸形式で住んでいる人もいる。

 ダンボールハウスだからといって侮ると、大変なことになるそうである。
まず、夏は暑い。
そして、強度も考えておかないと、台風に吹き飛ばされる。
雨対策もしっかりやっておかないと、浸水しかねない。
事実、雨で屋根が陥没してしまった物件もあった。

 笑えたのは、窓の開け方である。
通常は、窓の位置は設計段階で決まるものだが、
ダンボールハウスの場合、窓の位置も形も完成後に決定される。
つまり、完成してから、おもむろにカッターでビニールシートを切り裂くのである。
壁はビニールシートだから、簡単にカッターで切れる。
これなら、一番いい場所に窓を設置できる。

 女性のホームレスもいる。
筆者は女性ホームレスのダンボールハウスを、次のように観察している。

 きれいに整理整頓されてはいるものの、建物としては少々軟弱といった感がある。この印象はおそらく、建設の核となる建材の選び方によるところが大きい。広く使用されているハウス建材(パレットやベニヤ板)は、建設現場などから入手することが多い。しかしそのためには現場とのコネクションが必須であり、現場が男性中心の世界である以上、女性はどうしても不利な立場に立たされることになる。彼女の建材選択に見られる「拾えるもの、購入可能なものから、使えるものを」という姿勢は、こうしたやむにやまれぬ事情の中で育まれたものに他ならず、生活の知恵である反面、図らずも、女性が路上で生きる難しさを痛いほどに証明してしまっているのだ。その枕元にはつねに、路上で生きることを選んだ彼女の覚悟を代弁するかのごとく、護身用のモノがそっと忍ばせてある。P112

 数が少ない女性ホームレスは、女性独特の困難さがあるようだ。
しわ寄せは弱者に集約的に表れることが、ここでも証明されている。

 本書の何よりの美点は、調査対象に大きな愛情を持っていることだ。
どんな調査も、対象を好きにならなければ、充実した成果を上げることはできない。
そうした意味では、筆者の姿勢は実に好感が持てる。
真摯な姿勢に、星を一つ献上する。    (2006.11.22)
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参考:
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か その言説と現実」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
ヘンリー・D・ソロー「森の生活」JICC出版局、1981
野村雅一「身ぶりとしぐさの人類学」中公新書、1996
永井荷風「墨東綺譚」新潮文庫、1993
服部真澄「骨董市で家を買う」中公文庫、2001
エドワード・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、2000
高見澤たか子「「終の住みか」のつくり方」集英社文庫、2008
矢津田義則、渡邊義孝「セルフ ビルド」旅行人、2007
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
増田小夜「芸者」平凡社 1957
福岡賢正「隠された風景」南方新社、2005
イリヤ・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002
増川宏一「碁打ち・将棋指しの誕生」平凡社、1996
宮本常一「庶民の発見」講談社学術文庫、1987
青木英夫「下着の文化史」雄山閣出版、2000
瀬川清子「食生活の歴史」講談社、2001
鈴木了司「寄生虫博士の中国トイレ旅行記」集英社文庫、1999
李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983
ニコル・ゴンティエ「中世都市と暴力」白水社、1999
武田勝蔵「風呂と湯の話」塙書店、1967
ペッカ・ヒマネン「リナックスの革命」河出書房新社、2001
R・L・パーク「私たちはなぜ科学にだまされるのか」主婦の友社、2001
平山洋介「住宅政策のどこが問題か」光文社新書、2009
松井修三「「いい家」が欲しい」三省堂書店(創英社)
匠雅音「家考」学文社
バーナード・ルドルフスキー「さあ横になって食べよう」鹿島出版会、1985
黒沢隆「個室群住居」住まいの図書館出版局、1997
S・ミルグラム「服従の心理」河出書房新社、1980
李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970

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