匠雅音の家族についてのブックレビュー    フリーター論争2.0−フリーターズフリー対談集|雨宮処凛、杉田俊介

フリーター論争 2.0
フリーターズフリー対談集
お奨度:

著者:雨宮処凛、荒木智弘、城繁幸、貴戸理恵、小野俊彦、生田武志、大澤信亮、栗田隆子、杉田俊介 2008年   人文書院  ¥1600−

 著者の略歴−

 絶望のさなかにあっても、運動の初期は、希望を見いだしうるものだ。
全共闘運動も初めのうちは、健康な元気があった。
変革を夢見て、もがきはしたが、何よりも希望があった。
フリーター運動(こう言って良いかわからないが)にも、元気を感じる。

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 本書は次の5本の対談で構成されている。

1.フリーターの「希望」は戦争か?
2.この生きづらさをもう「ないこと」にしない
       −プレカリアートな女たち
3.若者はなぜ「生きさせろ!」と叫ぶのか?
4.支援とは何か−野宿者支援のグラデーション
5.新たな連帯へ−法・暴力・直接行動


いずれも真摯な言葉で語られているが、とても幼稚である。
体制側のほうが、はるかに優れている、そう感じる。
フリーターが分断させられているからではない。
言葉が自己の希望を語るだけで、社会にむけて相対化されていない。
そのため、身内やシンパにしか通じない。

  赤木智弘というフリーターが、「「丸山真男」をひっぱたきたい、31才、フリーター。
希望、戦争」という文章を、「論座」に発表したそうだ。
絶望的な状況を打ち破るには、戦争がおきてくれたほうが良い、という趣旨らしい。
しかし、戦争がおきたときに、一番最初に標的にされるのは、フリーターであることが判っているのだろうか。

 フリーターにとって現状が厳しいのは判るが、戦争というもっと厳しい状況になれば、目先の利いた奴がうまい汁を吸うのである。
フリーターは目先の利いた奴とは思えないから、むしろ状況はより厳しくなるだけだ。
混乱期とは、真面目な人間には生きにくい時代であろう。

 人間の形をした者は、みな平等であり、全員に生きる権利がある。
「生きさせろ」という主張は、まさにそのとおりである。
しかし、本当のことをいえば、今までの世の中は、誰でも生きることができたわけではない。
昔から乞食はいたし、貧乏人はいた。
そして、貧しい病人は、たいした治療も受けずに死んでいった。
それは第三世界では、現在でも変わらない。

 1億を超える人間を抱えながら、餓死者もださずにやっていけるのは、我が国が近代だからである。
もちろん、こう言ったからといって、だから死ねと言っているわけではないし、貧乏が良いなどとはいわない。
歴史を見れば、フリーターの戦略も新たな視点で、見なおすことができるからだ。

 本書を読んでいて、フリーターとは「貧困」の問題だと感じる。
もちろん、樋口一葉の時代のように、明日の米がないと言う絶対の貧困ではない。
普通に働いて、300万円くらいの収入を確保したい、その願望が根底にあるように感じる。
働いても300万円の年収にならないのは、社会の仕組みが間違っているからだという。
これもそのとおりだろう。

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 筆者たちを羨ましく思うのは、彼(女)等が情報社会の住人であることだ。
パソコンを使い、スカイプを使い、デジタルな武器を縦横に使っているようだ。
しかし、情報社会の住人であるがゆえに、見えない部分もあるように感じる。

  もともと日本文学の研究者になりたくて大学院へ通っていたのですが、才能がなくてやめた口です。25歳くらいのころは目的も希望もなく、コンビニや警備員の仕事を転々としていました。そのころは非常に精神的にきつくって、自分の置かれた状況の苦しさって何なのかということをウェブで書いていたら、それが本になった、という感じです。その後、ホームヘルパーの資格を取って、5年ほど前からは障害者福祉の仕事をさせてもらっています。が、生活は安定とは程遠く、ワーキングプアそのものです(笑)。P19

 「フリーターにとって『自由』とは何か」の筆者である杉田俊介という男性が、上記のように語っているが、ボクのかつての同僚たちには想像もつかないことだ。
職人たちは文字を読まないし、ましてや書くなどということは想像もしない。
本書に登場するフリーターたちが、頭脳労働指向であることに驚く。
それでいながら、頭脳労働ではない職場しか与えられない苛立ち、そう言ったらいいだろうか。
 頭脳労働と肉体労働の違いが、もっとも鮮明なのは下記の部分である。

 ようするに日雇労働者はほとんどが男性じゃないですか。野宿者も大多数が男性。そうすると、野宿者の世界も寄せ場もほとんどが男なんで、女性に被害が集中するんです。とくに野宿者や日雇い労働者が女性差別的ということではなくて、単純に男性が多いからそうなってしまう。一方、活動家は「日雇い労働者の解放がまず大事じゃないか、ここは寄せ場なんだ」と言う人もいたりする。女性差別の問題は確かに大事だけど、それはそれとして…、みたいなパターンになっちゃうんですよ。あとややこしいのは、多くの人はプライべ−トで男女関係があって、そのカップルの関係もいろいろあるわけです。だからものすごいみんな言いにくい。自分のことでもあるし、プライバシーにも関わってくるから、男は口ごもっちゃう。それで女の人たちが失望してしまうという状況がありました。P144

 肉体労働の現場では、男女差別でなければやっていけない。
肉体労働自体が、男女差別を内包している。
だから、日雇労働が肉体労働中心であれば、かならず男女差別的になっていく。
「野宿者や日雇い労働者が女性差別的ということではなくて」といっているが、肉体労働従事者であれば、原理的に女性差別的になっていく。

 運動に参加している女性は、まだ若くて頭脳労働指向だから、男女差別に敏感なだけだ。
もちろん頭脳労働者だって、男女差別的な人もいるが、優秀な頭脳労働者は男女差別的ではなくなっていく。
しかし、肉体労働はそれ自体が男女差別的であり、優秀な肉体労働者とマッチョな人間は、いくらでも両立する。

 団塊の世代の食い逃げを許さないという、世代的な不平等が問題にされている。
肯定できる意見だが、もっと言えば、我が国の頭脳が優秀ではない、と言うことではないか。
きわめて視野が狭い感じがする。
フリーター世代には、団塊の世代が裕福に見えるかも知れないが、先進国とくらべれば、彼等もたいして裕福ではない。

 世代間で角突きあうことは、まさに体制側の思う壺だろう。
コンピュータ・ソフトなど新しい発明をして、我が国全体が裕福になる、そういった方向をめざすべきだろう。
若い人たちにこそ、新しい発想があるのだ。
本書に登場する人たちは優秀だろうに、国内への内向き指向という意味で、古い世代とまったく同じように感じる。

 フリーターは自分の人生を、どうしたいのだろうか。
結婚したいとか、子供をもちたいのだろうか。
しかし、自分の人生を自分で支えていくのは当然だから、まさか妻子を養いたいなど言う訳じゃないだろう。
300万円の年収の問題以前に、彼等の実現したい人生が見えない。
もし、目的などもてる状況じゃないと言ってしまったら、フリーターは永遠に浮かばれないだろう。

 経済的な現状を変えることは、社会的・政治的な運動になりうる。
しかし、生きる目的や生きる手応えは、どんな社会になっても、個人が自分の手で掴むしかない。
ライフ・プランといった大層なことではなく、本書の筆者たちは何が好きなのだろうか。
どんなことをやっているときに、幸福感に浸れるのだろうか。  (2008.12.29)
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参考:
雨宮処凛「生きさせろ」太田出版、2007
菊池勇夫「飢饉 飢えと食の日本史」集英社新書、2000
アマルティア・セン「貧困と飢饉」岩波書店、2000
紀田順一郎「東京の下層社会:明治から終戦まで」新潮社、1990
小林丈広「近代日本と公衆衛生 都市社会史の試み」雄山閣出版、2001
松原岩五郎「最暗黒の東京」岩波文庫、1988
鬼頭宏「人口から読む日本の歴史」講談社学術文庫、2000
塩見鮮一郎「異形にされた人たち」河出文庫、2009(1997)
速水融「歴史人口学で見た日本」文春新書、2001
佐藤常雄「貧農史観を見直す」講談社現代新書、1995
杉田俊介氏「フリーターにとって「自由」とは何か」人文書院、2005
塩倉裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
横山源之助「下層社会探訪集」文元社
大山史朗「山谷崖っぷち日記」TBSブリタニカ、2000
三浦展「下流社会」光文社新書、2005
高橋祥友「自殺の心理学」講談社現代新書、1997
長嶋千聡「ダンボールハウス」英知出版、2006
石井光太「絶対貧困」光文社、2009
杉田俊介「フリーターにとって「自由」とは何か」人文書院、2005
雨宮処凛ほか「フリーター論争2.0」人文書院、2008 
金子雅臣「ホームレスになった」ちくま文庫、2001
沖浦和光「幻の漂泊民・サンカ」文芸春秋、2001
上原善広「被差別の食卓」新潮新書、2005
ジュリー・オオツカ「天皇が神だった頃」アーティストハウス、2002
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000

六嶋由岐子「ロンドン骨董街の人びと」新潮文庫、2001
エヴァ・クルーズ「ファロスの王国 T・U」岩波書店、1989
バーナード・ルドルフスキー「さあ横になって食べよう:忘れられた生活様式」鹿島出版会、1985

高尾慶子「イギリス人はおかしい」文春文庫、2001
瀬川清子「食生活の歴史」講談社学術文庫、2001
西川恵「エリゼ宮の食卓 その饗宴と美食外交」新潮文庫、2001
アンソニー・ボーデン「キッチン・コンフィデンシャル」新潮社、2001

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