匠雅音の家族についてのブックレビュー     神のちから|さくらももこ

神のちから お奨度:

著者:さくらももこ小学館 2003年 ¥562−

 著者の略歴−結婚前の本名:三浦 美紀(みうら みき)−1965 年5月8日生まれ−は、静岡県清水市(現静岡市清水区)出身の漫画家。自身の少女時代をモデルとした代表作『ちびまる子ちゃん』の主人公の名前でもある。Wikipediaから
 本書は、本サイトが扱うには、ちょっと違和感がある。
しかし、筆者の深淵な思考に感動した。
天才だと感じたので、敬意を込めて掲載させていただく。
筆者の天才さは、知る人にはすでに知られていたのだろう。
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 21話からなる本書は、そのすべてが変な話ではある。
しかし、いずれも人間の機微を微妙についており、深く考えさせるものばかりである。
これを哲学と言わずして何と言おう。
もちろん漫画として、娯楽としても充分な力をもっている。

 それぞれの話が、基本的には完結している。
そのため、本書全体を一概に論じることは難しい。
たとえば、「にしやまがいるの巻」をみてみよう。

 とある会社の前野部長が、部下の西山に仕事を頼む。
すると西山は、ただちにその仕事を終わってしまう。
あまりに早いのに驚いていると、西山が右にも左にもいるように感じる。
徐々に西山がふえていく。
家に帰れば、息子も西山になっている。

 全員が西山だから、すべて同じ1人の人格である。
誰も喧嘩などしないし、仲良く和やかに暮らしている。
最後には、西山になっていないのは、前野部長だけになってしまう。
そこで、前野部長は、和やかな西山たちに憧れ、自ら進んで西山になっていく。

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 ただこれだけの話だが、細かい会話がじつに味わいがある。
人間の数としては、たくさんいるが、西山という人格は1人である。
だから、「西山同士は仲がいい」し、「オレ以外の全世界が西山になっていた」ので、前野部長も西山になっていく。

 西山になるには、西山の胸にどんと飛び込めばいいのだ。
前野部長は、少しの気恥ずかしさをもって、西山の胸に飛び込んでいく。
前野の奥さんも西山になっている。
彼は奥さんも西山の胸に抱きついたのか、と複雑な心境で、この話は終わる。

 筆者は、現代社会を個性が薄くなっていく、と感じているのだろう。
近代社会では、一般には個性があることを是とする。
個性のない人間は、近代社会では評価が低い。
しかし、筆者はそれを必ずしも肯定しない。
全員が同じ人間になれば、同じ人格なのだから争いもなく、これは一種の宗教でもあるが、平和だろうと考えているに違いない。

 この話は、たった8ページの短編だから、壮大な叙事詩が展開されているわけではない。
しかし、「えいえんなるじんせいの巻」といい、壮大な物語を輪切りにして、その断面を見せられているようで、筆者の差しだす全世界を充分に感得できる。
常人には想像もつかない着想で、とても驚かされた。

 さくらももこと言えば、「ちびまるこちゃん」で有名である。
その高名さは今さらだが、本書のような哲学書を書いているとは、想像もつかなかった。
彼女は、いま東京新聞に連載しているが、これも独特のユーモアがあり、愛読している。
(2008.9.19)
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参考:
吾妻ひでお「失踪日記」イースト・プレス、2005
金子雅臣「ホームレスになった」ちくま文庫、2001
石原里紗「ふざけるな専業主婦」新潮文庫、2001 
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993(角川文庫,2001)
ジル・A・フレイザー「窒息するオフィス」岩波書店、2003
大山史朗「山谷崖っぷち日記」TBSブリタニカ、2000

荒木経惟「天才アラーキー写真の方法」集英社新書、2001
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
ロバート・スクラー「アメリカ映画の文化史 上、下」講談社学術文庫、1995
ポーリン・ケイル「映画辛口案内 私の批評に手加減はない」晶文社、1990
長坂寿久「映画で読むアメリカ」朝日文庫、1995
池波正太郎「味と映画の歳時記」新潮文庫、1986
佐藤忠男 「小津安二郎の芸術(完本)」朝日文庫、2000
伊藤淑子「家族の幻影」大正大学出版会、2004
篠山紀信+中平卓馬「決闘写真論」朝日文庫、1995
ウィリアム・P・ロバートソン「コーエン兄弟の世界」ソニー・マガジンズ、1998
ビートたけし「仁義なき映画論」文春文庫、1991
伴田良輔ほか多数「地獄のハリウッド」洋泉社、1995
瀬川昌久「ジャズで踊って」サイマル出版会、1983
宮台真司「絶望 断念 福音 映画」(株)メディアファクトリー、2004
荒木経惟「天才アラーキー写真の方法」集英社新書、2001
奥山篤信「超・映画評」扶桑社、2008
田嶋陽子「フィルムの中の女」新水社、1991
柳沢保正「へそまがり写真術」ちくま新書、2001
パトリシア・ボズワース「炎のごとく」文芸春秋、1990
仙頭武則「ムービーウォーズ」日経ビジネス人文庫、2000 
小沢昭一「私のための芸能野史」ちくま文庫、2004
小沢昭一「私は河原乞食・考」岩波書店、1969
赤木昭夫「ハリウッドはなぜ強いか」ちくま新書、2003
金井美恵子、金井久美子「楽しみと日々」平凡社、2007
町山智浩「<映画の見方>がわかる本」洋泉社、2002
藤原帰一「映画のなかのアメリカ」朝日新聞社、2006
オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002

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