匠雅音の家族についてのブックレビュー     失踪日記|吾妻ひでお

失踪日記 お奨度:

著者:吾妻ひでお(あづま・ひでお)  イースト・プレス、2005年 ¥1140−

 著者の略歴−1950年2月6日、北海道生まれ。上京後就職するもほどなく退社。浸画家坂井れんたろう氏のアシスタントを務め69年にデビュー後、『ふたりと5人』『やけくそ天使』などのギャグ、『パラレル狂室』『メチル・メタフィジーク』『不条理日記』(=79年、第10回日本SF大会星雲賞コミック部門受賞)などの不条理・SF、『陽射し』『海から来た機械』などのエロティツクな美少女ものなど様々な作風で各方面から強大な支持を得る。『ななこSOS』『オリンポスのポロン』はアニメ化された(両作品とも05年に早川文庫で復刊).89年に突然失踪、した後の顛末は本音をご覧ください。入院後半のエピソードは続編にて。

 自分の日常を描く漫画家は、小道迷子など他にもいるが、
自分の非常識な行動を、徹底して見つめる筆者の眼は、もの凄いものがある。
表現というのは、多少なりとも自己相対化が必要だと思うが、
本書のように徹底した自己相対化と、自分を軽く笑い者にできる才能は驚きである。
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 売れっ子の漫画家が、殺到する仕事から逃げ出して、
ホームレスの日々を送った顛末を描いている。
私の友人にもホームレスがいるが、彼から聞くところによると、ホームレスの生活は厳しいらしい。
そんなに辛いなら、なぜホームレスになるのかと言っても、なぜかホームレスになってしまう。

 本書の筆者は奥さんもいるし、売れっ子漫画として、金銭的には恵まれていたはずである。
しかし、彼はなぜか失踪してしまうのである。
仕事に追われる日々が辛いとか、いろいろと言い訳はできるだろうが、
失踪していく本当の理由は、本人にも「不条理」としか言いようがないのだろう。

 日々の安定した生活から、逃れたいという願望は誰にでもある。
安定とは管理されていることでもあるから、自由になりたいのは必然である。
ホームレスたちの異常な体臭には閉口するが、自由とは美しいばかりではない。
失踪しても生活が激変するわけではなく、厳しい自然と折り合いを付ける作業が増えるだけである。
筆者も、ホームレスになった当初は、餓えに苛まれ他人の目におびえている。


 人間の生活は、食べて、寝て、適度な運動をしてと、どこにいても基本的な部分では変わらない。
筆者はホームレスの生活から、様々な発見をしていくが、それらの発見は人間が快適な生活を求めた課程そのものだ。
雨露をしのげるだけでも、家というものがいかに快適か、寝具も睡眠の快適さを確保する。
管理された社会は快適である。そうした快適さを発見しても、筆者は再度の失踪に至る。

 人間は「不条理」によって支配されている。
人によってその多寡に違いがあるだけであり、不条理は全員を支配している。
003 夜を歩く
063 街を歩く
145 アル中病棟


の3章と、巻末の対談で構成されている。
何といっても圧巻は、ホームレスになりたてを描く巻頭の「夜を歩く」である。

 筆者のような表現者が、現役で活躍できているのは、我が国はまだ救いがあるのだろうと思わせる。
管理化が進んでいくと、筆者のような芸当はもうできなくなるかも知れない。
表現者とは一種の狂人でもあるから、日常生活から逸脱しやすいが、筆者の奥さんはもっと大変だったろう。
狂気と正気の狭間は、生きることが最も困難なのだから。  (2005.10.22)
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参考:
金子雅臣「ホームレスになった」ちくま文庫、2001年
石原里紗「ふざけるな専業主婦」新潮文庫、2001年 
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993年(角川文庫 2001年)
ジル・A・フレイザー「窒息するオフィス」岩波書店、2003年
大山史朗「山谷崖っぷち日記」TBSブリタニカ、2000年

吾妻ひでお「失踪日記」イースト・プレス、2005
金子雅臣「ホームレスになった」ちくま文庫、2001
石原里紗「ふざけるな専業主婦」新潮文庫、2001 
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993(角川文庫,2001)
ジル・A・フレイザー「窒息するオフィス」岩波書店、2003
大山史朗「山谷崖っぷち日記」TBSブリタニカ、2000

荒木経惟「天才アラーキー写真の方法」集英社新書、2001
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
ロバート・スクラー「アメリカ映画の文化史 上、下」講談社学術文庫、1995
ポーリン・ケイル「映画辛口案内 私の批評に手加減はない」晶文社、1990
長坂寿久「映画で読むアメリカ」朝日文庫、1995
池波正太郎「味と映画の歳時記」新潮文庫、1986
佐藤忠男 「小津安二郎の芸術(完本)」朝日文庫、2000
伊藤淑子「家族の幻影」大正大学出版会、2004
篠山紀信+中平卓馬「決闘写真論」朝日文庫、1995
ウィリアム・P・ロバートソン「コーエン兄弟の世界」ソニー・マガジンズ、1998
ビートたけし「仁義なき映画論」文春文庫、1991
伴田良輔ほか多数「地獄のハリウッド」洋泉社、1995
瀬川昌久「ジャズで踊って」サイマル出版会、1983
宮台真司「絶望 断念 福音 映画」(株)メディアファクトリー、2004
荒木経惟「天才アラーキー写真の方法」集英社新書、2001
奥山篤信「超・映画評」扶桑社、2008
田嶋陽子「フィルムの中の女」新水社、1991
柳沢保正「へそまがり写真術」ちくま新書、2001
パトリシア・ボズワース「炎のごとく」文芸春秋、1990
仙頭武則「ムービーウォーズ」日経ビジネス人文庫、2000 
小沢昭一「私のための芸能野史」ちくま文庫、2004
小沢昭一「私は河原乞食・考」岩波書店、1969
赤木昭夫「ハリウッドはなぜ強いか」ちくま新書、2003
金井美恵子、金井久美子「楽しみと日々」平凡社、2007
町山智浩「<映画の見方>がわかる本」洋泉社、2002
藤原帰一「映画のなかのアメリカ」朝日新聞社、2006
オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002

イリヤ・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002
増川宏一「碁打ち・将棋指しの誕生」平凡社、1996
宮本常一「庶民の発見」講談社学術文庫、1987
青木英夫「下着の文化史」雄山閣出版、2000
瀬川清子「食生活の歴史」講談社、2001


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