匠雅音の家族についてのブックレビュー    おんなたちの町工場|小関智弘

おんなたちの町工場 お奨度:

著者:小関智弘(こせき ともひろ)
ちくま文庫、2001(現代書館、1994)年  ¥580−

著者の略歴−1933年生まれ。町工場の旋盤工として50年近く働きつづけている。一方、作家活動をつつづけている。主な著書に「大森界隈職人往来」「春は鉄までが匂った」「町工場・スーパーなものづくり」「粋な旋整工」「鉄を削る−町工場の技術」などがある。
 旋盤工として働くかたわら、文章を書き続けてきた筆者が、「母の友」という雑誌に連載したものである。
1991年10月号から1993年3月号まで18回分と、「町工場で暮らして」という座談会を、1冊にしている。
書名から判るように、町工場で働く女性たちの聞き書きである。
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 こうした文章は、取材する人への思い入れと、自分の立場を重ねて、全面的に肯定するかたちが多い。
本書もその例に漏れず、自分が旋盤工という職人であったことと、同じような職種で働いてきた女性たちの賛美に終始する。
男女雇用均等法が施行され、女性も男性なみに働けるようになったが、職人の世界では雇用機会均等法など、まったくといっていいほどに無縁である。
繊維関係を除いて、職人の世界は男性だけしかいなかった。
それは多くの職人仕事が、腕力を必要とするものだったからだろう。
腕力がふりしぼられる世界に、非力な者がまじると危険ですらある。

 職人の仕事には、居職と出職がある。
居職とは自分の家で仕事をするもの、出職とは現場へと出向いて仕事をするものである。
出職は別として、居職はむかしから男性だけではなく、女性も仕事を手伝うことが多かった。
たとえば、下駄屋は典型的な居職だが、女性でも簡単な鼻緒のすげ替えくらいはやった。
それは仕事が目の前にあり、自分の身体があいていれば、誰でも手を出さずにはいられないという、簡単な理由からである。

 職人たちは気むずかしく、男尊女卑のように見えるかもしれないが、むしろ職人たちは性別にはこだわらない。
ただ仕事ができれば、それでいい。
誰がやっても、いい仕事はいい仕事。
それが職人の世界である。
だから、女性がやろうと、男性がやろうと、仕事さえ良ければいい。
職人仕事の性格上、腕力が必要だったので、多くは男性が主だったにすぎない。
女性の職人がいなかったわけではない。
非力な女性は、織物といった腕力が不要な世界に生きた。
服飾界には、女性の職人はたくさんいた。

 町工場とは腕力の世界である。
主になっていた男性に万が一のことがあると、その稼業はたちまち断絶してしまう。
しかし、腕のたつ職人をかかえ、得意先などに恵まれたりすると、主人が死んでも残った職人を、まとめていくことが期待される。
そこで良くできた番頭さんに後押しされながら、女性も職人仕事に手をだすことになる。
そして、いつの間にか先代の主人に代わって、女性が主人役をつとめることになる。
本書にもそうした例が多く掲載されている。

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 工業社会になったばかりの頃には、機械も進歩しておらず、すべてに人間の腕力が必要だった。
しかし、NC機械、つまり数値で制御する機械が登場してからは、事情が変わった。
プログラムさえ上手くやれば、腕力はそれほど必要ではなくなった。
ここで女性の台頭する余地がうまれたが、職人の世界は男性のものといったイメージがあるので、なかなか女性の参入はなかった。
最近ごく少数の女性が、参入してくるようになった。
こうした女性には、かならず理解のある男性が近くにいるのだが、本書には男性の影が薄いのはやむを得ないところだろう。

 私も職人だったから言うのだが、職人が消えていくのは必然である。
決して社会が悪いわけでも、お客さんたちの理解がないからでもない。
職人仕事というのは、結局のところ繰り返しである。
どんなに優れた仕事でも、くり返すことによって身につけた技術が、その基底を支えている。
繰り返しの中での、ごく小さな工夫、それが職人の創意と呼ばれるものだ。
決して大発明ではない。くり返す仕事は、機械に代替されることは目に見えている。
また、代替されるべきである。
人間の頭脳を使うべきであって、肉体が主に使われるのは不幸である。

 コンピューターが普及し始めたので、くり返す仕事は機械のほうが、はるかに堪能になった。
そして職人仕事にも、コンピューターつきの機械が入ってきた。
コンピューターが使えれば、肉体的には非力であっても、職人仕事ができるようになった。
だから今や、女性も働けるのだ。
NC機械にふれながら、本書にはそうした視点はまったくない。
わずかに「CADに挑む青春」という例があるだけだが、CADは道具であり、問題はCADを使ってする設計なのだ。
今後の仕事は、いかに設計するかである。
CADに挑む青春というタイトル自体が、ことの成り行きを理解していない証明である。

 そうはいっても、本書のような情報がひろまって、少しずつ職業における男女差は、消失していくに違いない。
しかし、である。
本書の論調に、私は賛成しかねる。
今後、職人仕事は機械に代替されるにもかかわらず、筆者は職人仕事を自分の手中からはなさない。
やっぱり手仕事が良いというわけだ。
なんという懐古趣味だろうか。
懐古するこの姿勢が、職人を殺すことに気づかないのだろうか。
過去を懐かしむのでなければ、活字にならないのだろうか。
多分そうだろう。
過去はすでに生きてきたものだから、多くの人に共感される。
過去を舐めあって、人は生きるのだろう。
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参考:
杉田俊介「フリーターにとって「自由」とは何か」人文書院、2005年
塩野米松「失われた手仕事の思想」中公文庫  2008年
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
スアド「生きながら火に焼かれて」(株)ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書店、2005
マリリン・ウォーリング「新フェミニスト経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、2000
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、1994
井上章一「美人論」朝日文芸文庫、1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ミレイユ・ラジェ「出産の社会史 まだ病院がなかったころ」勁草書房、1994

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