匠雅音の家族についてのブックレビュー    女性労働と企業社会|熊沢 誠

女性労働と企業社会 お奨め度:

著者:熊沢 誠(くまざわ まこと)−−岩波新書、2000 ¥660−

著者の略歴−1938年三重県に生まれる、1961年京都大学経済学部卒業、1969年経済学博士(京都大学)、専攻−労使関係論,社会政策論
現在−甲南大学経済学部教授、 著書−『能力主義と企業社会』(岩波書店)『労働のなかの復権』(三一書房)『国家のなかの国家』(日本評論社)『ノンエリートの自立』(有斐閣)『日本的経営の明暗』(筑摩書房)『働き者たち泣き笑顔』(有斐閣)『新編・日本の労働者像』(筑摩書房)『新編・民主主義は工場の門前で立ちすくむ』(社会思想社)ほか

 女性労働が総合職、パート、派遣と分解していけば、それをなぞるのが学者の仕事になる。
学者という立場は、現実を後追い的に分析するだけで、何も新しいものを生みださない。
それはほんとうに仕方ないことなのだろうか。
本書も事実の羅列だけで、時代を切り開く提案は何もない。
表紙見返しでは、性差別に対向する戦略を提言すると言いながら、本文ではそれらしき言及はない。
TAKUMI アマゾンで購入

 本書も女性が出産・育児をするのは無前提の前提にしている。
だから、女性は出産・育児と仕事を天秤にかける構造に陥っている。
そのなかで個別の女性には何の解答もなく、社会的には事実の追認に終わっている。
現実を分析するという立場に立てば、仕方のないことだろう。
また、岩波新書という性格上、この限界は無理もないことなのだろう。
しかし、こうした限界がある以上、本書は女性労働の関係図書に、屋上屋を重ねただけといえる。

 企業が利益追求集団である限り、自己の利益になる方法でしか女性を雇用しないのは当然である。
現実の分析をいくら重ねても、その事実がより濃縮されて表れるだけである。
女性を雇用する利点の確立が不可欠である。
男女が平等に働ける社会こそ、より効率もいいし豊かになれることを立証する必要がある。
その論理とデーターをもって、企業や政府などに男女の平等を主張することこそ、労使関係や社会政策論を専攻する学者の任務だろう。
現状を並べてみせることは、誰にでもできることである。
しかも、現状のデーターを並べ替えてしまえば、当該学者の結論にならなくなりさえする。

 競争の激しい現代社会に、利益追求に適合する論理が提出されることを、むしろ企業こそ求めている。
論理的な思考こそ近代を開いたものであり、論理的な思考によって男性は女性に凌駕したのだ。
コンピュータの普及は、数的な論理思考力を求める。
とすれば、コンピュータ能力の体得こそ、女性解放の近道である。
解放の論理は常に支配者から与えられるとすれば、女性こそ論理的な思考を身につけることが求められている。
そこに力点を置けば、企業も女性力を優遇するだろう。

 こうした学者たちの仕事をみてくると、歴史的な因果関係の分析や、社会的な原因の理解力において、決定的な力不足を感じる。
基本的な時代認識の哲学がないのだ。
わが国の女性フェミニストたちは、理念なき実証分析に傾注してしまっている。
論理的な思考は、わが国の女性フェミニストには求められない。
だから、男性がせねばならないのだろう。
しかし、その男性が本書のレベルでは、何と言ったらいいのだろう。
暗澹たるものである。

 男性肉体労働者たとえば職人などと、女性労働の問題は今や同質なのである。
そこが見えずに現状分析を繰り返しても、過酷な現状をおいたまま、女性労働にハッパをかける結果にしかならない。
広告
  感想・ご意見などを掲示板にどうぞ
参考:
杉田俊介「フリーターにとって「自由」とは何か」人文書院、2005年
塩野米松「失われた手仕事の思想」中公文庫  2008年
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
増田小夜「芸者」平凡社 1957
岩下尚史「芸者論」文春文庫、2006
スアド「生きながら火に焼かれて」(株)ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書店、2005
マリリン・ウォーリング「新フェミニスト経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、2000
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、1994
井上章一「美人論」朝日文芸文庫、1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ミレイユ・ラジェ「出産の社会史 まだ病院がなかったころ」勁草書房、1994
桜井哲夫「近代の意味:制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
ジョン・デューイ「学校と社会・子どもとカリキュラム」講談社学術文庫、1998  
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
ウルズラ・ヌーバー「<傷つきやすい子ども>という神話」岩波書店、1997
塩倉裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002


「匠雅音の家族について本を読む」のトップにもどる