著者の略歴−新潟県柏崎市生れ。新潟県立柏崎高等女学校卒。東京女子専門学校中退。1952(昭和27)年より田中角栄秘書となり、その後、越山会を始めとする政治団体、関係事務所の統括責任者として活躍。現在は「政経調査会」を主宰し、田中政治の継承に尽力する。 戦後、稀代の宰相といわれた田中角栄に添った女性の日記である。 田中角栄が28才で国会議員になる。 筆者は、それからずっと個人秘書という立場を超えて、田中と親密な関係にあった。 越山会の女王といわれ、田中角栄の金庫番ともいわれたが、 それにとどまらず彼女は田中の子供をもうけている。
田中角栄は小学校卒業で国会議員になり、 優れた記憶力と細かい気配りで才覚を現し、 とうとう総理大臣になった人物だが、 むしろロッキード事件に連座したほうの印象が強い。 小学校しかでていないで、政治の世の中で生きていくのは至難のことだろう。 官僚や財界人・政治家を相手にしての政治活動は、さまざまな困難があったに違いない。 本書は田中角栄の伝記ではない。 あくまで田中角栄を影で支えた女性の日記である。 田中はスーパーマンであり、超善人に描かれるのは当然である。 筆者は、田中関連の仕事をしながらも、2度の結婚をしている。 最初の結婚は、田中角栄とはそれほど関係がなかったようだが、 結婚してからは田中の厄介になっている。 しかし、旦那が仕事をせずに、他の女に走ったので離婚した。 しばらくして再婚したが、上手くいかずに離婚している。 その頃は、彼女はすでに政治の世界にどっぷりと浸かっており、 田中は郵政大臣になっていた。 筆者のまわりには、器量の大きい男たちが立ち現れ、刺激の多い充実した毎日だったに違いない。 筆者は、天涯の孤独を癒すために、家庭生活を求めた。 温かい家族を何よりも欲しがったようだ。 それが再婚につながった。 そして、再婚相手に一流会社のサラリーマンを選んでいる。 一流会社の肩書きが、人生を保証してくれるように感じたに違いない。 しかし、一身を何かに賭している男たちと、サラリーマンを比べられるわけがない。 政治家に囲まれた彼女の毎日からは、サラリーマン生活は平凡に見えたことだろう。 筆者は自分の夫をだらしない、スケールの小さな男といっているが、 それは筆者の対応にも原因があったはずである。 もし、筆者が庶民の生活にあったら、この結婚は続いただろう。 庶民なら一流企業のサラリーマンで、充分以上だからである。 しかし、筆者は大臣など大物政治家をまわりにたくさん見ている。 男を見る目が鍛えられ、自分の夫を彼等と比較したに違いない。 結局、離婚になった。
敦子と命名された子は、順調に成長を続ける。 娘の誕生−それは至福の瞬間だった。人生でもっとも大切なものが授けられたような気がした。 将来ある政治家に認知を求めるつもりはなかった。P51 田中角栄は正妻とのあいだに、田中真紀子という子供をもっている。 また、他にも認知している子供が2人いる。 彼が多くの女性を愛したことは公然の秘密で、各界では知らぬ人はいなかったに違いない。 しかし当時、田中角栄の子供にかんする話題は、マスコミにはいっさいでてこなかった。 もちろん、筆者の子供の父親が誰であるかは、 周知の事実でありながら、まったく論究されなかった。 こうした体質はまさに古いもので、常人であれば大攻撃を受けたであろう。 権力にあるものは、現代でも保護される。 生きてしまった人生を否定するわけにはいかない。 ましてや政治という領域に生きたとすれば、 自分の否定は支持した政治家の否定にもつながりかねない。 筆者は、個人の生活と政治家としての生活を、混同した田中という人物に惚れ込んでしまった。 田中角栄は個人が自立していない前近代人である。 筆者もまた前近代人だった。 そこでは互いに自分の感覚が共有され、その感覚が直接に公的な世界へと続いていた。 だから、筆者は肉体関係を信頼の証としながら、影の役割に徹しきれたのであろう。 この男女間に肉体関係がなかったら、 2人はこれほどの信頼関係を築けなかっただろうし、 正妻の子である田中真紀子から反感を買うこともなかったであろう。 ロッキード事件は2人の関係には、それほどの影響を与えていない。 むしろ、逆境は2人の関係を強めてさえいる。 筆者の人生は、田中角栄が早くに死んだことで狂ってしまう。 本人が死んでしまえば、形式上の正式さが優先され、 無形の愛情でのつながりは消滅する。 田中は生前、佐藤敦子を我が子のごとく溺愛したという。 しかし、田中真紀子が正当な相続人であり、 佐藤敦子には田中角栄の正当性を引き継ぐことは許されてない。 いまでは、佐藤昭子は忘れられた存在になりつつある。 他から見ると、2人の関係は公私を混同した醜いものに見える。 しかし、2人のあいだでは、きわめて濃密な時間が流れていたはずで、 至福の人生だったに違いない。 これほど信頼しあい助け合って、宰相へと上りつめた体験は、他の誰にもない。 女性にとっても男性にとっても、きわめて充実した時間だったろう。 本書からは、筆者が田中角栄に絶対の信頼を寄せていたことがよく伝わってくる。 男女の愛憎関係と、公人としての評価は別である。 政治家としての田中角栄には多くの批判がある。 しかし、1人の人間にこれほど信頼された田中角栄という人物は、 幸福だったという以外に言葉がない。 (2003.4.18)
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