匠雅音の家族についてのブックレビュー    私の田中角栄日記|佐藤昭子

私の田中角栄日記 お奨度:

著者:佐藤昭子(さとう あきこ) 新潮文庫、2001(新潮社、1994)   ¥476−

著者の略歴−新潟県柏崎市生れ。新潟県立柏崎高等女学校卒。東京女子専門学校中退。1952(昭和27)年より田中角栄秘書となり、その後、越山会を始めとする政治団体、関係事務所の統括責任者として活躍。現在は「政経調査会」を主宰し、田中政治の継承に尽力する。
 戦後、稀代の宰相といわれた田中角栄に添った女性の日記である。
田中角栄が28才で国会議員になる。
筆者は、それからずっと個人秘書という立場を超えて、田中と親密な関係にあった。
越山会の女王といわれ、田中角栄の金庫番ともいわれたが、
それにとどまらず彼女は田中の子供をもうけている。
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 田中角栄は小学校卒業で国会議員になり、
優れた記憶力と細かい気配りで才覚を現し、
とうとう総理大臣になった人物だが、
むしろロッキード事件に連座したほうの印象が強い。
小学校しかでていないで、政治の世の中で生きていくのは至難のことだろう。
官僚や財界人・政治家を相手にしての政治活動は、さまざまな困難があったに違いない。

 本書は田中角栄の伝記ではない。
あくまで田中角栄を影で支えた女性の日記である。
田中はスーパーマンであり、超善人に描かれるのは当然である。

 筆者は、田中関連の仕事をしながらも、2度の結婚をしている。
最初の結婚は、田中角栄とはそれほど関係がなかったようだが、
結婚してからは田中の厄介になっている。
しかし、旦那が仕事をせずに、他の女に走ったので離婚した。
しばらくして再婚したが、上手くいかずに離婚している。
その頃は、彼女はすでに政治の世界にどっぷりと浸かっており、
田中は郵政大臣になっていた。
筆者のまわりには、器量の大きい男たちが立ち現れ、刺激の多い充実した毎日だったに違いない。

 筆者は、天涯の孤独を癒すために、家庭生活を求めた。
温かい家族を何よりも欲しがったようだ。
それが再婚につながった。
そして、再婚相手に一流会社のサラリーマンを選んでいる。
一流会社の肩書きが、人生を保証してくれるように感じたに違いない。
しかし、一身を何かに賭している男たちと、サラリーマンを比べられるわけがない。

 政治家に囲まれた彼女の毎日からは、サラリーマン生活は平凡に見えたことだろう。
筆者は自分の夫をだらしない、スケールの小さな男といっているが、
それは筆者の対応にも原因があったはずである。
もし、筆者が庶民の生活にあったら、この結婚は続いただろう。
庶民なら一流企業のサラリーマンで、充分以上だからである。
しかし、筆者は大臣など大物政治家をまわりにたくさん見ている。
男を見る目が鍛えられ、自分の夫を彼等と比較したに違いない。
結局、離婚になった。

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 その頃、筆者は女の子を出産する。
敦子と命名された子は、順調に成長を続ける。

 娘の誕生−それは至福の瞬間だった。人生でもっとも大切なものが授けられたような気がした。
将来ある政治家に認知を求めるつもりはなかった。P51


 田中角栄は正妻とのあいだに、田中真紀子という子供をもっている。
また、他にも認知している子供が2人いる。
彼が多くの女性を愛したことは公然の秘密で、各界では知らぬ人はいなかったに違いない。
しかし当時、田中角栄の子供にかんする話題は、マスコミにはいっさいでてこなかった。
もちろん、筆者の子供の父親が誰であるかは、
周知の事実でありながら、まったく論究されなかった。
こうした体質はまさに古いもので、常人であれば大攻撃を受けたであろう。
権力にあるものは、現代でも保護される。

 生きてしまった人生を否定するわけにはいかない。
ましてや政治という領域に生きたとすれば、
自分の否定は支持した政治家の否定にもつながりかねない。
筆者は、個人の生活と政治家としての生活を、混同した田中という人物に惚れ込んでしまった。
田中角栄は個人が自立していない前近代人である。

 筆者もまた前近代人だった。
そこでは互いに自分の感覚が共有され、その感覚が直接に公的な世界へと続いていた。
だから、筆者は肉体関係を信頼の証としながら、影の役割に徹しきれたのであろう。
この男女間に肉体関係がなかったら、
2人はこれほどの信頼関係を築けなかっただろうし、
正妻の子である田中真紀子から反感を買うこともなかったであろう。

 ロッキード事件は2人の関係には、それほどの影響を与えていない。
むしろ、逆境は2人の関係を強めてさえいる。
筆者の人生は、田中角栄が早くに死んだことで狂ってしまう。
本人が死んでしまえば、形式上の正式さが優先され、
無形の愛情でのつながりは消滅する。
田中は生前、佐藤敦子を我が子のごとく溺愛したという。
しかし、田中真紀子が正当な相続人であり、
佐藤敦子には田中角栄の正当性を引き継ぐことは許されてない。
いまでは、佐藤昭子は忘れられた存在になりつつある。

 他から見ると、2人の関係は公私を混同した醜いものに見える。
しかし、2人のあいだでは、きわめて濃密な時間が流れていたはずで、
至福の人生だったに違いない。
これほど信頼しあい助け合って、宰相へと上りつめた体験は、他の誰にもない。
女性にとっても男性にとっても、きわめて充実した時間だったろう。

 本書からは、筆者が田中角栄に絶対の信頼を寄せていたことがよく伝わってくる。
男女の愛憎関係と、公人としての評価は別である。
政治家としての田中角栄には多くの批判がある。
しかし、1人の人間にこれほど信頼された田中角栄という人物は、
幸福だったという以外に言葉がない。    (2003.4.18)
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参考:
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
佐々木陽子「総力戦と女性兵士」青弓社、2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
ニール・ポストマン「子どもはもういない」新樹社、2001
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002年
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
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末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
賀茂美則「家族革命前夜」集英社、2003
ピーター・リーライト「子どもを喰う世界」晶文社、1995
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
ジュディス・リッチ・ハリス「子育ての大誤解」早川書房、2000
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
増田小夜「芸者」平凡社 1957
岩下尚史「芸者論」文春文庫、2006
スアド「生きながら火に焼かれて」(株)ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書店、2005
マリリン・ウォーリング「新フェミニスト経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、2000
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
スーザン・ファルーディー「バックラッシュ」新潮社、1994
井上章一「美人論」朝日文芸文庫、1995
ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009


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