匠雅音の家族についてのブックレビュー    人口ピラミッドがひっくり返るとき−高齢化社会の経済新ルール|ポール・ウォーレス

人口ピラミッドがひっくり返るとき
高齢化社会の経済新ルール
お奨め度:

著者:ポール・ウォーレス−草思社、2001   ¥1900−

著者の略歴−ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスで修士号を取得、インデイペンデント紙の経済記者を経て、現在は経済ジャーナリスト。イギリスにおいて、国際経済やビジネスにたいする高齢化の影響について広く執筆活動を行っている。また、BBCテレビなどの金融・ビジネス番組のキャスターを勤め、制作にも携わっている。
 少子高齢化社会の到来は、わが国だけのことではない。
世界中で子供は少なくなり、老人が増える。
これは先進国だけの現象ではなく、途上国でも同じ現象がしかも急速におきるという。
本書は、アメリカとイギリスの読者を対象に書かれているが、
皮肉なことに少子高齢化のマイナスは、この両国には比較的に少ないという。
もちろん、最も深刻なのは、急速に高齢化が進んでいるわが日本である。

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 本書は、経済活動を人口の増減から、読み解こうという試みである。
たしかに近代でこそ、人口は激増した。
人類の誕生から前近代まで、人口は2〜3億人で推移し、ほとんど変化してこなかった。
それが工業社会という近代に入ったとたん、垂直に増加した。

 最近の300年で、60億人になった。
それとともに、いわゆる先進国と呼ばれる国が登場し、生活が豊かになり始めた。
近代では、昨日より今日のほうが豊かになっているはずだと、生活水準の向上は、無前提的に前提されている。
しかし、近代の成長を支えたのは、じつは若者が多く老人が少ないという、前近代的な人口構成だった。

 前近代では、赤ちゃんが20歳まで生きることが出きる可能性は、50%だった。
近代が成し遂げた最大の功績は、誰でもが寿命をまっとうできることである。
しかし、そのおかげで老人が多く、若者が少ない社会になった。
近代の功績が、社会の活力を削いでしまった。
何と皮肉なことだろう。

 今後は大勢の若者が、少ない年寄りを支える社会から、若者と年寄りの数が同じ社会になる。
だからさまざまな困難にであうと本書はいう。

 人口革命はすでに金融市場を揺さぶっている。1990年代の大好況を後押しする推進力となったのは、中年化の進むベビーブーム世代が人口構成において膨張したことだった。しかし、過去の株式市場のブームと同様、90年代のブームも手に負えなくなってバブルに姿を変え、株価はどのような歴史の基準に照らしても、過大評価以外の何ものでもなくなっていた。P94

 農業が主だった前近代では、社会福祉や年金などなかった。
だから、老後は家族つまり若者が面倒を見た。
工業社会では、年寄りの生活をみるシステムを、年金という形で社会的に置き換えた。
若者が多かった時代にはそれでもうまくいった。
しかし、若者が少なくなったので、年金が破綻するという。
年金問題として取り上げているが、これは年金制度の問題ではない。

 少子高齢化は、サラリーマンという企業労働システムの問題である。
農業という年齢による蓄積が有意義だった産業なら、高齢者を優遇するのは当然である。
しかも、農耕社会は個人ではなく家族が、生産単位だった。
それが、個人が単位の工業社会になり、
年齢には無関係な工業という産業に変わりながら、
サラリーマンのなかにも高齢者優遇という、年齢秩序を維持してしまった。
それが間違いなのである。

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 改革のうちでどうしても実現せざるをえないものの一つは、年齢差別を正式に禁止することである。
とはいえ、このような偏見を根絶するには、立法措置に加えて社会意識の変革も必要だ。
アメリカは年齢にもとづく差別を1967年から法律で禁止しており、
カナダは1978年、ニュージーランドは1992年から禁止している。

 農耕社会に適合的だった家父長制であるが、わが国では男性支配の元凶とのみ理解されている。
しかし、家父長制は年長の男性による家族支配なのだ。
決して男性一般によるものではない。
とすれば、男性支配の打破とともに、年齢秩序の打破も掲げるべきだった。
産業構造の変化をきちんと理解していた先進国は、性別役割の解除とともに、年齢差別を禁止してきた。

 わが国では、農耕社会の秩序を工業社会へと敷衍し、
それが一時的にうまくいったので、そのまま温存してしまった。

 日本、イタリア、ドイツでは今後15年以内に人口の減少がはじまるため、頭数が少なくなる。だから、たとえ人口1人あたりの生産高が増加しつづけるとしても、全体の生産高は事実上停滞することになる。日本の生産高の伸びは、2010年代初頭には年間0.5パーセントそこそこに落ち込むだろう。先を行く日本を、EUは10年ほど遅れて追いかける。P240

 マッチョな男性賛美ではなく、単家族的男性のほうが、情報社会には適合している。
強力な男性が、一族郎党を引き連れる家族ではなく、
横並びになった個人の連合的家族のほうが、今後はうまくいく。
にもかかわらず、わが国では相変わらず個人よりも、家族を大切にしようとしている。
核家族を単家族へと移行させなければならないのに、工業社会的な核家族を温存している。
だから、残念ながらわが国に関しては、上記の予測が当てはまりそうである。

 これからの時代には、多数の国の人口が前例を見ないようなぺ−スで減少し、老化する形勢にある。
このような変化はいろいろな点で歓迎できる。
まず、環境にかかる重圧が軽減される。
そうした変化は、寿命の伸びを反映したものであり、まさに祝うべき大勝利だ。
出生率が低下したおかげで、女性は社会と経済においてこれまでより幅広い役割を果たすことができる。

 ある時代から新しい時代への移行にあたっては、地盤の不安定な場所を通ることもしばしばある。人類社会の新時代に順応するには、これまでわれわれが避けてきたような、しばしば痛みのともなう思い切った改革が必要だ。人口が減少し高齢化していく時代に生きることは、人口が増加しつづけ若く保たれた時代に生きることとはまったく異なる体験になるだろう。新しい時代は何にもまして新しい考え方を必要とする。新しいミレニアムは、未来についての見方を変え、本気で人口革命に備えはじめるのにふさわしい時だ。P294

 本書はすべてを、人口問題に還元する。
しかし、情報社会化を近代の終焉ととらえれば、今までの経済理論では今後の社会は解析できない。
近代の次、つまり後近代はまったく新しい時代である。
情報社会化が不可避だとしたら、少子高齢社会の問題は「単家族」しか解決しない。
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参考:
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M・ハリス「ヒトはなぜヒトを食べたか 生態人類学から見た文化の起源」ハヤカワ文庫、1997
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野村雅一「身ぶりとしぐさの人類学」中公新書、1996
永井荷風「墨東綺譚」新潮文庫、1993
エドワード・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、2000
福岡賢正「隠された風景」南方新社、2005
イリヤ・プリゴジン「確実性の終焉」みすず書房、1997
エドワード・T・ホール「かくれた次元」みすず書房、1970
オットー・マイヤー「時計じかけのヨーロッパ」平凡社、1997
ロバート・レヴィーン「あなたはどれだけ待てますか」草思社、2002
増川宏一「碁打ち・将棋指しの誕生」平凡社、1996
宮本常一「庶民の発見」講談社学術文庫、1987
青木英夫「下着の文化史」雄山閣出版、2000
瀬川清子「食生活の歴史」講談社、2001
鈴木了司「寄生虫博士の中国トイレ旅行記」集英社文庫、1999
李家正文「住まいと厠」鹿島出版会、1983
ニコル・ゴンティエ「中世都市と暴力」白水社、1999
武田勝蔵「風呂と湯の話」塙書店、1967
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アンソニー・ギデンズ「国民国家と暴力」而立書房、1999
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
桜井哲夫「近代の意味:制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
桜井哲夫「近代の意味:制度としての学校・工場」日本放送協会、1984
ソースティン・ヴェブレン「有閑階級の理論」筑摩学芸文庫、1998
オルテガ「大衆の反逆」白水社、1975
E・フロム「自由からの逃走」創元新社、1951
イマニュエル・ウォーラーステイン「新しい学」藤原書店、2001
橋本治「革命的半ズボン主義宣言」冬樹社、1984
石井光太「神の棄てた裸体」新潮社 2007
梅棹忠夫「近代世界における日本文明」中央公論新社、2000
小林丈広「近代日本と公衆衛生」雄山閣出版、2001
前田愛「近代読者の成立」岩波現代文庫、2001
フランク・ウェブスター「「情報社会」を読む」青土社、2001
ジャン・ボードリヤール「消費社会の神話と構造」紀伊国屋書店、1979
エーリッヒ・フロム「自由からの逃走」創元新社、1951
ハワード・ファースト「市民トム・ペイン」晶文社、1985
成松佐恵子「庄屋日記に見る江戸の世相と暮らし」ミネルヴァ書房、2000
デビッド・ノッター「純潔の近代」慶應義塾大学出版会、2007
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松本昭夫「精神病棟の20年」新潮文庫、2001
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三戸祐子「定刻発車」新潮文庫、2005
ケンブリュー・マクロード「表現の自由VS知的財産権」青土社、2005
フリードリッヒ・ニーチェ「悦ばしき知識」筑摩学芸文庫、1993
ソースティン・ヴェブレン「有閑階級の理論」筑摩学芸文庫、1998
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J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
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信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972


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