匠雅音の家族についてのブックレビュー      家族の絆をつくる家−失敗しない住まいづくりのための30講|外山知徳

家族の絆をつくる家
失敗しない住まいづくりのための30講
お奨度:

著者:外山知徳(とやま とものり)  平凡社 2007年 ¥1600−

著者の略歴− 1942年、東京都生まれ。静岡県立静岡高等学校から武蔵工業大学建築学科を卒業後、東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。工学博士、一級建築士。
1971年に東京大学生産技術研究所助手、フムボルト財団奨学研究員として2年間ドイツに留学の後、アメリカのインディアナ大学で研究を重ね、1981年から静岡大学教育学部に赴任し、1987年から教授。住居学を講ずるかたわら、静岡家庭裁判所家事調停委員、静岡県インテリアコーディネーター協会顧問、静岡県住まいの文化賞審査委員長などを務める。著書に、『住まいの家族学』(丸善)、編著書に、『現代のエスプリ210子ども部屋』(至文堂)、共著に、『室内記号学』(INAX出版)、記号論の逆襲』(東海大学出版会)、『家族援助を問い直す』(同文書院)、『新・住居学[改訂版]』(ミネルヴァ書房)などがある。

新しい建物の出現は、街の景観を一変してしまう。
景観の変化は、ボクたちに大きな影響を及ぼす。
とすれば家が住んでいる人に影響を与えることも、肯首されるだろう。
本書は、家の間取りが、住む人に影響を与えかたを考えたものである。
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家族の絆をつくる家

 本書の腰巻きには、<幸せになれる家、なれない家>とかかれている。
間取りによって、幸せになったり、不幸になったりするのか、といささか疑問に思いながら読んだ。
登校拒否になるかならないかも、間取り次第というのは言い過ぎだろう。
しかし、それでも間取りが影響を持っているのは事実だろう。

 筆者はテリトリーという概念を使って、間取りを説明していく。
誰でも自分の場所、そこにいると落ち着くという場所をもっている。
それはがっちりしたドアで区切られてなくても良いし、立派な部屋でなくとも良い。
とにかく自分の領域、それが精神的な安定のために必要だという。
そして、テリトリー形成能力は、幼児期から時間をかけてなされるものだから、子供時代が大事だという。

 子供時代にテリトリー形成能力を身につけないと、登校拒否になったり落ち着かない性格になる。
そして、それが万引きなどにも繋がっていくという。
しかし、間取り万能とは言っていない。
 むしろ、家族の人間関係、信頼関係が一番大事だと確認したうえで、間取りは信頼関係形成を助けることもあるし、間取りによっては信頼関係を築きにくくなると言っているのだ。

 住宅産業のお陰で子ども部屋が普及して後、子どもに個室を与えると子どもがダメになり、家庭内暴力児や登校拒否児になってしまうと信じられた時代がある。家庭内暴力や登校拒否が社会問題になり、マスコミを賑わしていた1980年頃のことである。それは、家庭内暴力児や登校拒否児が個室を与えられ、そこに閉じこもって出てこない状況を見て評論家が言ったことから始まった。
 しかし個室に閉じこもったから家庭内暴力児になったり、登校拒否児になるわけではない。実際は順序が逆で、家庭内暴力児や登校拒否に陥ると個室に閉じこもることがある。実は個室に閉じこもる前に、登校拒否は、それ自体、家への閉じこもりなのである。精神状態の悪化に伴って個室に閉じこもるものがでてくるのである。P13


 個室が登校拒否を生むのではなく、登校拒否になった結果、個室に閉じこもってしまうのだという。
そうだろうと思う。
親は苦労して大金を稼ぎ、やっと子供部屋を与えることができた。
だから子供は親に感謝すべきだという。
まず、この認識が間違いだという。
親が子供部屋を与えることは、親の甲斐性であるかも知れないが、子育てでも何でもない。
子供部屋を与えることは、むしろ親の自己満足に過ぎない。

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 人が平気で家を空けられるのは、そこが自分の居場所として確立しているからであり、家を空けていても誰かに乗っ取られる心配を感じていないからである。子どもが元気に「行ってきまーす」と言って出かけられるのは、そこが、いつも親がいていつでも安心して戻ってくることができる場所だからである。そこに自分の居場所が確立しているからである。
 居場所が確立しているというのは、その子の部屋が確保されているということとイコールではない。家族の人間関係の中で、その子の存在が、一個の人間としての存在がしっかりと認められているということである。そしてそのことが部屋の使い方や住み分けにはっきり示されているということである。P63


 まったくそうだろう。
子供も小さなうちは、居場所がないから家から離れられないのだ。
やがて自立心が芽生えてくると、1人でも眠りにつくことができるようになる。
自立心の芽生えとは、個室で1人で眠れることだという。

  そう言われると、思い当たることがある。
ボクは小さな時から、1人だけで2階で寝始めたが、眠れなくなってしまった。
そして、お婆ちゃんの寝ている部屋に、布団を引きずっていった記憶がある。

 お婆ちゃんの隣に布団を敷いて、半年くらいたっただろうか。
その頃になると、もう2階に1人で寝ても大丈夫だった。
いま思えば、多分、あれがボクの自立の時期だったのだろう。
あのとき、1人で寝るように強制されたら、自閉症や登校拒否になったかも知れない。
母親に拒否されても、お婆ちゃんに甘えることができ、精神は安定する。
そういう意味では、1軒の家に大勢の人がいるのは良いことだ。

 筆者は、子供の自立をつぶすのは、親だったり、学校だったり、地域だったりするという。
犬だって縄張りがなければ生きていけない。
ましてや、人間は縄張りと精神とのつながりは大きい。
子供の居場所をつくることが、良い子供部屋の作り方だという。
左がお薦めの間取り、右は平凡な間取り

 左図がその参考図面である。
ちょっとしたアイディアだが、よく考えられている。
これを思いつくまでには、時間がかかっているのだろう。

 ところで、老人に関しても次のように言っている。

 年をとるとはどういうことかを目の当たりにさせ、年寄りに対する思いやりの心を育ませることこそしつけになる。共にする食事をしつけの機会にすることこそしつけであり、それは年寄りに居場所を与えることにもなる。日本で高齢者の自殺率の高い県は祖父母との同居世帯の高い県であり、これは一緒に住んでいながら部屋が与えられているだけで、高齢者にとって家が居場所になっていない家庭が多いことを意味している。P186

 核家族では老人がいないのだから、老人の自殺はあり得ないが、一緒に住んでいれば生きがいがあるかというと、必ずしもそうではないと知る。
家考」は家造りのソフトを考えたものだが、本書はハード面から考えている。
家造りを考えたときには、読んでも良い本である。   (2010.1.26) 
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参考:
M・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫、1989
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
湯沢雍彦「明治の結婚 明治の離婚」角川選書、2005
越智道雄「孤立化する家族」時事通信社、1998
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
大河原宏二「家族のように暮らしたい」太田出版、2002
J・F・グブリアム、J・A・ホルスタイン「家族とは何か」新曜社、1997
磯野誠一、磯野富士子「家族制度:淳風美俗を中心として」岩波新書、1958
エドワード・ショーター「近代家族の形成」昭和堂、1987
S・クーンツ「家族に何が起きているか」筑摩書房、2003
賀茂美則「家族革命前夜」集英社、2003

信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
黒沢隆「個室群住居:崩壊する近代家族と建築的課題」住まいの図書館出版局、1997
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ジョージ・P・マードック「社会構造 核家族の社会人類学」新泉社、2001
S・ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
石坂晴海「掟やぶりの結婚道」講談社文庫、2002
マーサ・A・ファインマン「家族、積みすぎた方舟」学陽書房、2003
上野千鶴子「家父長制と資本制」岩波書店、1990
斎藤学「家族の闇をさぐる」小学館、2001
斉藤学「「家族」はこわい」新潮文庫、1997
島村八重子、寺田和代「家族と住まない家」春秋社、2004
伊藤淑子「家族の幻影」大正大学出版会、2004
山田昌弘「家族のリストラクチュアリング」新曜社、1999
斉藤環「家族の痕跡」筑摩書房、2006
宮内美沙子「看護婦は家族の代わりになれない」角川文庫、2000
ヘレン・E・フィッシャー「結婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」文藝春秋、2006

速水由紀子「家族卒業」朝日文庫、2003
ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河出書房新社、2004

川村邦光「性家族の誕生」ちくま学芸文庫、2004
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
中村久瑠美「離婚バイブル」文春文庫、2005
佐藤文明「戸籍がつくる差別」現代書館、1984
松原惇子「ひとり家族」文春文庫、1993
森永卓郎「<非婚>のすすめ」講談社現代新書、1997
林秀彦「非婚のすすめ」日本実業出版、1997
伊田広行「シングル単位の社会論」世界思想社、1998
斎藤学「「夫婦」という幻想」祥伝社新書、2009

マイケル・アンダーソン「家族の構造・機能・感情」海鳴社、1988

宮迫千鶴「サボテン家族論」河出書房新社、1989
牟田和恵「戦略としての家族」新曜社、1996
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997

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