匠雅音の家族についてのブックレビュー    母親業の再生産−性差別の心理・社会的基盤|ナンシー・チョドロウ

母親業の再生産
性差別の心理・社会的基盤
お奨度:

著者:ナンシー・チョドロウ  新曜社、1981年    ¥3300−

 著者の略歴−1944年1月20日ニューヨークに生まれる。ラドクリフ大学卒業、ブランディズ大学で社会学のPhDをとる。カルフォルニア大学バークレイ校で教鞭をとる。離婚したMichael Reich との間に、2児の子供がある。
 1978年にアメリカで上梓された本書は、さすがに古くなったと、26年の年月を感じさせる。
フェミニズムの理論畑では、大きな貢献をした筆者だが、
すでに本書が語る論点は、過去のものになっている。
問題意識こそ今日的であるが、フロイトが引用されているのを見ても、いまでは有効性に疑問があろう。
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母親業の再生産

 筆者の立場は、女性は母親へと強制されると言うより、
母親になるべく能力と欲求を発達させるというもので、やや我が国の母権論に近いのであろうか。
女性は子供を産むだけではなく、歴史的に女性が子育てを担当してきた。
ここには何か必然性がある。
そう考えながらも、筆者は次のように言う。

 家族構成、保育や子育ての実行、さらにはおんなの保育とその他の責務との間の関係は、もろもろの変化、ことに生産体制の変化に呼応して変化している。私たちが知っているような形でのおんなの役割は歴史的産物である。西欧における産業資本主義の発達の結果、家族内でのおんなの役割はますます、個人的な関係および心理的安定性に関わるものになっている。母親業はもっともきわだって、心理面に基礎をもつ役割である。P48

 人間が社会的な動物である以上、社会的な生産関係と心理的な面を、つなげて考えるのは同感できる姿勢である。
筆者は、母親業が女性に担われる理由を、人間の動物的な本性に求めたり、
原始的な社会などに訪ねながら、意志による社会化理論を否定していく。

 男女が対になり、固定的な性関係を形成する、
つまり結婚といった形で同居するのは、もちろん歴史貫通的な現象ではないが、
すくなくとも今までは主流と考えられてきた。
男女が独身で暮らす社会は、少ないと言っていいだろう。
性別に従った役割分業が、男女にとって快適な生活を確保させてきた感さえある。
筆者は、フロイトを引用しながら、子供の男女がいかに性別役割を形成していくか、精神分析的な手法を使って解明しようとする。

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 フロイトを引用することは、どうしても女性の男根欠損という、コンプレックスに論及せざるを得ない。
筆者もその回路から逃げることはできなく、結局、男根神話に絡め取られているように感じられる。
フェミニズムを信奉する筆者としては、フロイトの男尊女卑的な資質には、強烈な反感があるらしく、
「フロイト学説に見られる偏見」といった章をたてている。
しかし、マルクスが忘却の彼方へと置き去りにされたように、
フロイトももはや引用すべき対象ではないだろう。
その意味で、本書の論理自体の有効性が疑われる。
 
 おんなが、現代資本主義社会の孤立した核家族内で母親の役を引き受けていることから、おとこに個個のパーソナリティの特徴が生まれ、それによって男性優越および生産の必要条件への服従のイデオロギーと精神力動学の両者が再生産される。それはまた、男性支配の家族と社会への参加、家族生活の情動面への比較的少ない参加、資本主義的な仕事の世界への参加を、おとこに準備させる。
 男性の発達は、おんなが母親の仕事を引き受け、父親は子どもの世話や家族生活には比較的、関わらないような家族内で行なわれ、また、性的不平等と男性優越のイデオロギーがその特徴である社会内で行なわれる。この二重性は家族内にも現われている。P274


 フロイトに依拠する限り、近代の視点からは逃れることはできない。
本書が執筆された当時は、まだ核家族の近代的属性を語ることが少なかった。
そのため、核家族という枠の中で思考しがちであった。
旧態然たる我が国のフェミニストたちは、筆者の論には今でも共感するだろう。
しかし、対なる家族しか思考しない論理は、すでに過ぎ行こうとしている工業社会のものである。

 いまや単家族なる概念があるのだから、近代の核家族から離れることができる。
子供の生産こそ男女の分業に頼らざるを得ないが、子供の育成は性別に限定された仕事ではない。
そうした視点が獲得された今では、本書の論述は物足りなく思う。
そうは言っても、本書の古さは時代のなせる制約であり、仕方ないことだと思う。
筆者の母親業への視点は、問題意識を共有する者として、懐かしく読んだ。
(2004.6.04)
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参考:
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
芹沢俊介「母という暴力」春秋社、2001
イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭 痛快子育て記」講談社文庫、1993
須藤健一「母系社会の構造:サンゴ礁の島々の民族誌」紀伊国屋書店、1989
エリザベート・パダンテール「母性という神話」筑摩書房、1991
斉藤環「母は娘の人生を支配する」日本放送出版協会、2008
ナンシー・チョドロウ「母親業の再生産」新曜社、1981
石原里紗「ふざけるな専業主婦」新潮文庫、2001
石川結貴「モンスター マザー」光文社、2007

イヴォンヌ・クニビレール、カトリーヌ・フーケ「母親の社会史」筑摩書房、1994
江藤淳「成熟と喪失:母の崩壊」河出書房、1967
増田小夜「芸者」平凡社 1957
岩下尚史「芸者論」文春文庫、2006
スアド「生きながら火に焼かれて」(株)ソニー・マガジンズ、2004
田中美津「いのちの女たちへ」現代書館、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
梅棹忠夫「女と文明」中央公論社、1988
ラファエラ・アンダーソン「愛ってめんどくさい」ソニー・マガジンズ、2002
まついなつき「愛はめんどくさい」メディアワークス、2001
J・S・ミル「女性の解放」岩波文庫、1957
ベティ・フリーダン「新しい女性の創造」大和書房、1965
クロンハウゼン夫妻「完全なる女性」河出書房、1966
松下竜一「風成(かざなし)の女たち」現代思想社、1984
モリー・マーティン「素敵なヘルメット職域を広げたアメリカ女性たち」現代書館、1992
小野清美「アンネナプキンの社会史」宝島文庫、2000(宝島社、1992)
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ジェーン・バートレット「「産まない」時代の女たち」とびら社、2004
楠木ぽとす「産んではいけない!」新潮文庫、2005
山下悦子「女を幸せにしない「男女共同参画社会」 洋泉社、2006
小関智弘「おんなたちの町工場」ちくま文庫、2001
エイレン・モーガン「女の由来」どうぶつ社、1997
シンシア・S・スミス「女は結婚すべきではない」中公文庫、2000
シェア・ハイト「女はなぜ出世できないか」東洋経済新報社、2001
中村うさぎ「女という病」新潮社、2005
内田 樹「女は何を欲望するか?」角川ONEテーマ21新書 2008
三砂ちづる「オニババ化する女たち」光文社、2004
大塚英志「「彼女たち」の連合赤軍」角川文庫、2001
鹿野政直「現代日本女性史」有斐閣、2004
片野真佐子「皇后の近代」講談社、2003
ジャネット・エンジェル「コールガール」筑摩書房、2006
ダナ・ハラウエイ「サイボーグ・フェミニズム」水声社 2001
山崎朋子「サンダカン八番娼館」筑摩書房、1972
水田珠枝「女性解放思想史」筑摩書房、1979
フラン・P・ホスケン「女子割礼」明石書店、1993
細井和喜蔵「女工哀史」岩波文庫、1980
サラ・ブラッファー・フルディ「女性は進化しなかったか」思索社、1982
赤松良子「新版 女性の権利」岩波書店、2005
マリリン・ウォーリング「新フェミニスト経済学」東洋経済新報社、1994
ジョーン・W・スコット「ジェンダーと歴史学」平凡社、1992
清水ちなみ&OL委員会編「史上最低 元カレ コンテスト」幻冬舎文庫、2002
モリー・マーティン「素敵なヘルメット」現代書館、1992
R・J・スミス、E・R・ウイスウェル「須恵村の女たち」お茶の水書房、1987
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
鹿嶋敬「男女摩擦」岩波書店、2000
荻野美穂「中絶論争とアメリカ社会」岩波書店、2001
山口みずか「独身女性の性交哲学」二見書房、2007
田嶋雅巳「炭坑美人」築地書館、2000
ヘンリク・イプセン「人形の家」角川文庫、1952
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ウルフ・ナオミ「美の陰謀」TBSブリタニカ、1994
杉本鉞子「武士の娘」ちくま文庫、1994
ジョンソン桜井もよ「ミリタリー・ワイフの生活」中公新書ラクレ、2009
佐藤昭子「私の田中角栄日記」新潮社、1994
斉藤美奈子「モダンガール論」文春文庫、2003
光畑由佳「働くママが日本を救う!」マイコミ新書、2009
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
奥地圭子「学校は必要か:子供の育つ場を求めて」日本放送協会、1992
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
ジェシ・グリーン「男だけの育児」飛鳥新社、2001
末包房子「専業主婦が消える」同友館、1994
熊沢誠「女性労働と企業社会」岩波新書、2000
ミレイユ・ラジェ「出産の社会史 まだ病院がなかったころ」勁草書房、1994
匠雅音「核家族から単家族へ」丸善、1997


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