匠雅音の家族についてのブックレビュー     少子|酒井順子

少 子 お奨度:

著者:酒井順子(さかい・じゆんこ) 講談社文庫、2003年  ¥467−

 著者の略歴−1966年、東京生まれ。高校在学中より雑誌にコラムを執筆。立教大学社会学部観光学科卒業。広告代理店に三年間勤務の後、執筆に専念。独自の視点、細やかな観察眼にもとづき「細部」に宿る快楽、心の奥底に潜むかすかな意地悪までも鮮やかに描き出し、女性はもちろん男性の読者も急増中。著書に「負け犬の遠吠え」(講談社)、「結婚疲労宴」「ホメるが勝ち!」(ともに講談社文庫)、「入れたり出したり」(角川文庫)、「容姿の時代」(幻冬舎)、「観光の哀しみ」(新潮文庫)などがある。
 後半になってやや力が衰えたが、それでも読ませる。
本書を出版した後、かの有名な「負け犬の遠吠え」を上梓しているが、
筆力のある筆者ならではなのだろう。
出産は女性にしかできないので、本書のような本音の記述にであうと、
男性である私は何も言えなくなってしまう。
しかし、ちょっと言わせてもらう。
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 子供が減っている現状をみつめ、少子化対策がなされても、少子化は止まらないと筆者は言う。
ほとんど同感する。
物造りに都合の良い核家族は、出生数をコントロールできたから、高度経済成長もあった。
家族数だけ増やして、1軒の出産数は減らせたから、有効需要が伸びたのだ。

 戦後、人口は右肩上がりだったが、じつは1人の女性が産む子供の数は、一貫して減り続けていた。
戦後の女性は、4人も5人も子供を産んでいたわけではない。
それでも家族数がふえた。つまり、ほぼすべての女性が結婚して、子供を産んだから、人口は増え続けたのだ。
とすれば、戦後の経済構造が、女性にたくさんの子供は不要だと言ったことになるだろう。

 本書は女性が子供を産まなくなった原因を、さまざまに探っているのだが、
社会的な理由と言うより個人的な理由をあげている。
だから、人口が減少し始めた理由を、子供が不要になったからだとは言わない。
それでも本書がユニークなのは、本音を語っているからだ。

 女性が子供を産まなくなった理由の1番目は、「痛いから」だという。
出産はとんでもなく痛いらしい。その恐怖が、女性たちを怯えさせ、出産をためらわせているのだという。
まったく同感である。

 痛い、それも尋常ではない痛さなど、誰が好んで体験するものか。
子供は可愛いのが判っていても、痛さの前に引いてしまうのは、まったく当然だろう。
先進国では無痛分娩が普通だというの、我が国では激痛分娩が普通では、出産がふえないのは当然である。

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 2番目の理由は、「結婚したくないから」だという。
これも納得。筆者のいうことは、まったくもって個人的な理由であり、
個人的な理由を理由にできるのが、産む女性が書いた特権なのだ。
「面倒くさいから」子供を産まないという理由に至っては、まったく膝をたたいて同意する。

 自分が産むことを棚に上げて、女性の学者が少子化を論じても、ほとんど説得力はない。
筆者は子供を産んだ経験はないが、自分が産むことを視野に入れて発言している。
そこが良い。
そして、筆者は大学フェミニストのように、女性一般という捉え方をしない。 

 で、今。自分の周囲を見回してみて、最も深い溝の存在を感じるのが、対「子持ち専業主婦」との間なのです。
 それは、既婚者と未婚者の間や、経産婦と未産婦の問にある溝よりも、ずっと深いものです。結婚をしていても子供を産んでいても、「仕事をしているか否か」が、仲間かどうかの分れ目になってくる。つまり私は今、「社会との関わり」という共通言語を持っていない人を相手にすると一番、話しづらいらしいのです。(中略)
 子持ち専業主婦と話す時、私は国際交流をしているような気分になります。こちらとあちらは、違う文化圏に生きる身。ですから外国人と話す時と同様、まずは「私の価値観とこの人達の価値観は、全く違うのだ。友好関係を築くには、お互いの文化を尊重し合わなければならないのだ」としっかり認識してからでないと、お互いを傷つけることになる。P72


 我が国の大学フェミニズムが、この視点をもっていたら、
女性学者たちももう少し女性たちの役に立っていただろう。
しかし、我が国の大学フェミニズムは、女性が解放されることの意味をわからず、女性をすべて一緒くたにしてしまった。

 女性の解放とは、男性を家庭に引っ張り込むことではなく、
人形の家」のノラが家を出たように、女性が核家族から脱出することだった。
いまでも大学フェミニズムは、「男性も子育てを」などと言って、男性を核家族に引きずり込もうとしている。
しかし、「クレーマー、クレーマー」が描いたように、
女性は核家族内で行われる、子産みも子育ても放棄すべきだったのだ。
そして、自分1人で子供を産むべきだったのだ。
そうしてこそ、女性の解放があったのだし、女性の自立があったのだ。

 男性が女性に1人で産めといえば、男性は無責任だと言われる。
だから、けっして1人で産めとはいえない。
しかし、核家族という制度のなかで子供を産む以上、
稼ぎのない女性は男性支配のなかで、子育てせざるを得ない。
核家族を維持できれば、男性支配が維持できるのを男性は知っているので、
核家族での子育てには、男性も反対しないのだ。
ほんとうに女性が、私生児を産み始めたら、男性たちは青くなるだろう。

 核家族とは、<産んだ女性が子育てをする>ことを女性に信じさせた。
子供は産んだ女性ではなくても育てられるのに、産んだ母親が育てることを正しいと、
社会や女性に信じさせたことが、核家族を普及させた最大の功績だったし、
また最大の罪悪だった。
核家族によって高度成長経済も達成できたが、
同時に核家族によって人口減少も招いてしまった。   (2007.07.10)
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参考:
ニール・ポストマン「子どもはもういない」新樹社、2001年、
G・エスピン=アンデルセン「福祉国家の可能性」桜井書店、2001
G・エスピン=アンデルセン「ポスト工業経済の社会的基礎」桜井書店、2000
湯沢雍彦「明治の結婚 明治の離婚」角川選書、2005
越智道雄「孤立化する家族」時事通信社、1998
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992年
岡田秀子「反結婚論」亜紀書房、1972
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信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書、2001
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黒沢隆「個室群住居:崩壊する近代家族と建築的課題」住まいの図書館出版局、1997
E・S・モース「日本人の住まい」八坂書房、1970
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ジョージ・P・マードック「社会構造 核家族の社会人類学」新泉社、2001
S・ボネ、A・トックヴィル「不倫の歴史 夢の幻想と現実のゆくえ」原書房、2001
石坂晴海「掟やぶりの結婚道」講談社文庫、2002
マーサ・A・ファインマン「家族、積みすぎた方舟」学陽書房、2003
上野千鶴子「家父長制と資本制」岩波書店、1990
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伊藤淑子「家族の幻影」大正大学出版会、2004
山田昌弘「家族のリストラクチュアリング」新曜社、1999
斉藤環「家族の痕跡」筑摩書房、2006
宮内美沙子「看護婦は家族の代わりになれない」角川文庫、2000
ヘレン・E・フィッシャー「結婚の起源」どうぶつ社、1983
瀬川清子「婚姻覚書」講談社、2006
香山リカ「結婚がこわい」講談社、2005
山田昌弘「新平等社会」文藝春秋、2006
速水由紀子「家族卒業」朝日文庫、2003
ジュディス・レヴァイン「青少年に有害」河出書房新社、2004
川村邦光「性家族の誕生」ちくま学芸文庫、2004
信田さよ子「脱常識の家族づくり」中公新書ラクレ、2001
菊地正憲「なぜ、結婚できないのか」すばる舎、2005
原田純「ねじれた家 帰りたくない家」講談社、2003
A・柏木利美「日本とアメリカ愛をめぐる逆さの常識」中公文庫、1998
ベティ・フリーダン「ビヨンド ジェンダー」青木書店、2003
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
サビーヌ・メルシオール=ボネ「不倫の歴史」原書房、2001
棚沢直子&草野いづみ「フランスには、なぜ恋愛スキャンダルがないのか」角川ソフィア文庫、1999
岩村暢子「普通の家族がいちばん怖い」新潮社、2007
下田治美「ぼくんち熱血母主家庭」講談社文庫、1993
高木侃「三くだり半と縁切寺」講談社現代新書、1992
加藤秀一「<恋愛結婚>は何をもたらしたか」ちくま新書、2004
バターソン林屋晶子「レポート国際結婚」光文社文庫、2001
中村久瑠美「離婚バイブル」文春文庫、2005
佐藤文明「戸籍がつくる差別」現代書館、1984
松原惇子「ひとり家族」文春文庫、1993
森永卓郎「<非婚>のすすめ」講談社現代新書、1997
林秀彦「非婚のすすめ」日本実業出版、1997
伊田広行「シングル単位の社会論」世界思想社、1998
斎藤学「「夫婦」という幻想」祥伝社新書、2009

高倉正樹「赤ちゃんの値段」講談社、2006
デスモンド・モリス「赤ん坊はなぜかわいい?」河出書房新社、1995
ジュディス・リッチ・ハリス「子育ての大誤解」早川書房、2000
フィリップ・アリエス「子供の誕生」みすず書房、1980
伊藤雅子「子どもからの自立 おとなの女が学ぶということ」未来社、1975
エリオット・レイトン「親を殺した子供たち」草思社、1997
ウルズラ・ヌーバー「<傷つきやすい子ども>という神話」岩波書店、1997
編・吉廣紀代子「女が子どもを産みたがらない理由」晩成書房、1991
塩倉裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
ピーター・リーライト「子どもを喰う世界」晶文社、1995
ニール・ポストマン「子どもはもういない」新樹社、2001、
杉山幸丸「子殺しの行動学:霊長類社会の維持機構をさぐる」北斗出版、1980
矢野智司「子どもという思想」玉川大学出版部、1995  
瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972年
赤川学「子どもが減って何が悪い」ちくま新書、2004
浜田寿美男「子どものリアリティ 学校のバーチャリティ」岩波書店、2005
本田和子「子どもが忌避される時代」新曜社、2008
鮎川潤「少年犯罪」平凡社新書、2001
小田晋「少年と犯罪」青土社、2002
リチヤード・B・ガートナー「少年への性的虐待」作品社、2005
広岡知彦と「憩いの家」「静かなたたかい」朝日新聞社、1997
高山文彦「地獄の季節」新潮文庫、2001 
マイケル・ルイス「ネクスト」潟Aスペクト、2002
服部雄一「ひきこもりと家族トラウマ」NHK出版、2005
塩倉 裕「引きこもる若者たち」朝日文庫、2002
瀬川清子「若者と娘をめぐる民俗」未来社、1972
ロイス・R・メリーナ「子どもを迎える人の本」どうぶつ社、2005


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